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連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第20回

ライアー製作ワークショップの3日目、夕食を兼ねた懇親会の会場は、いつもの古民家にある囲炉裏端だった。囲炉裏といってもポピュラーな正方形のものではなく、長方形をしていて、かなりの大きさである。参加者はその大きな囲炉裏を囲んで、談笑していた。
安曇野特産の蕎麦を含めて飲食を開始する前に、ドイツ人講師がライアーの弾き方について主催の女性の通訳を通して説明した。それによると、ライアーの正しい奏法はどうやら指先や爪先に力を入れず、あくまで腕を脱力させて身体全体で奏でるというものだった。椅子に座るか床に胡座をかいて、両膝にライアーを載せたら、背筋を真っ直ぐ立てて深呼吸を行う。ライアーと心を通い合わせて、最初に弾くタイミングがわかるので、その時が来たら弾き始めるとのことだった。
参加者全員が仕上げたばかりのライアーを両膝に載せて、まずは深呼吸してライアーと心を通わせた。弾き始めのタイミングが来たら、各自が弾き始めた。
それは驚いた。タイミングを誰一人も外さなかったからだ。まるですでに何十時間も練習を共にして来た交響楽団の仲間のように、息がピッタリだった。そして、弾き終えるタイミングも全員一致した。
静寂の音が聞こえた。一瞬の空白だった。時が止まったように感じられた。
僕は驚いて、咄嗟に隣に座っている双子の母親、アンニカの方を見た。アンニカは頷きながら優しく微笑んでくれた。僕が言いたかったことが伝わったようだ。
ライアーを部屋の隅に片付けると、会食が始まった。僕はアンニカに言った。
「さっきは驚きましたよ。ライアーを弾き始めるタイミングも引き終わるタイミングも一致していて。まるで事前に打ち合わせしていたように感じられました。」
「ライアーに限らず、音楽の世界ではよくあることなのよ。ほら、音楽は言葉を超えるって言うでしょう。言葉は通じなくても、音楽は人々の心を通わせるのよね。戦争などで対立している人たちも、音楽で和んでみたり。」
「ああ、そう言えば、映画やドラマのワンシーンでもよくそんなエピソードを見ますね。それにしても、弾き終わりに一瞬、静寂の音が聞こえたように感じられましたよ。時が止まったみたいになって。」
「素晴らしい感受性をお持ちですね。実は音を聴くというのは、静寂の音を聴くことだと言われています。そうだ、来月の連休に、私たち三人で神奈川県の湘南で開催されるライアー製作ワークショップに参加するのですが、良かったらマリアちゃんとご一緒しませんか。このワークショップでは長方形の板を成形するところから自分たちで行うんです。少し手間暇がかかりますが、心をこめて製作することができると思うんです。ワークショップでは板を手渡されるとまず、その木がまだ生きていたときの様子を思い浮かべたりしながら、木と心を通わせる瞑想を行います。木の精霊と繋がりを持つことが大事だと思いますから。その後自宅に木を持ち帰って自宅で木を彫って制作していきます。」
僕はマリアに、アンニカから聞いたワークショップのことを説明した。
「お父さん、嬉しい。マリアも参加したい。よろしくお願いします。」マリアは二つ返事だった。マリアの返事を聞くと、アンニカも双子の姉妹も大喜びだった。


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