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吉田さんなのか、店員さんなのか。

アルというマンガサービスでライターとして活動しています。midori(みどり)です。

吉田さんは、わたしの会社の一番近くにあるローソンのかなり声が大きいカリスマ店員のおばちゃんです。

吉田さんはいつもお昼のシフトに入っていて、11時45分ごろに店内へ入るとっても明るい声で出迎えてくれます。また、なんせ声が大きいので色々と聞こえるのですが、アルバイトへの接し方も非常におおらかで、素敵な方です。

都心のビジネス街のローソンなのでお昼時にはそれは大変な混雑になるのですが、少し時間をずらして入店すると、吉田さんが多くのお客さんと個人的に話している姿をよく見かけます。

わたしもこんな風に、個人的に吉田さんを取り上げてしまうほどの隠れファンです。吉田さんが店にいると何でもないのに少し嬉しくなってしまうほどなので、他にも多くの人が吉田さんを慕っていることは容易に想像できます。

実はわたしは、吉田さんのいるローソンに入る度にいつも思い出す本とそこに書かれた考え方があるのですが、それをご紹介します。

今日はそんなお話。

■わかりあえないからのスタート

かの有名な心理学者アドラーは言いました。

「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」と。

仕事だけでなく人間活動の多くの場面で、人は対人関係に救われ、対人関係に苦しめられている。このアドラーの指摘は、人類史の中でも割と真理を突いているのではないかと常々感じています。

会社の中では上司、部下、同僚、クライアント、協力企業など様々な人間関係のトラップが渦巻いています。特に後輩との関係で一時期、身体を壊すほど悩んでいた時期にこの本と出合いました。

NewsPicksパブリッシングの他者と働くー「わかりあえなさ」から始める組織論』宇田川 元一

タイトルの通り、「わかりあえなさ」から始める他者との働き方のヒントを得ることができます。

この本を品川のエキナカで見かけたときに、丁度わたしは後輩の言動、考え、仕事への姿勢、自分へ向けられている敵意、その全てに疲れ果てていて、「もうあの子とは一生分かり合えないだろうし、それでもいいし、ていうかどうでもいいし、仕事したくない」そんなことを考えている時でした。

そして出会ったのが哲学者マルティン・ブーバーの考え方です。

『他者と働く 「わかりあえなさ」から始める組織論』では、他者との間で発生する様々な問題を「適応課題」とし、それらを解決に導く方法は「対話」であると示します。そしてその「対話」の考え方というのは哲学者のマルティン・ブーバーやミハイル・バフチンが用いていた「対話主義」や「対話概念」に根差した考え方だと宇田川先生は語ります。

■あなたはどっち

本書によると、マルティン・ブーバーは人間同士の関係性を大きく二つに分類して考えました。それが

「私とそれ」、「私とあなた」


 「私とそれ」は人間でありながら、向き合う相手を自分の「道具」のようにとらえる関係性のことです。例えば、私たちがレストランに行ったとき、「店員」さんに対して、一定の礼儀や機能を求めることはないでしょうか。(中略)一方で、「私とあなた」の関係とは、相手の存在が代わりが利かないものであり、もう少し平たく言うと、相手が私であったかもしれない、と思えるような関係のことです。

引用:他者と働く 「わかりあえなさ」から始める組織論』/宇田川 元一 より

この章を読んだとき、恥ずかしながらドキーッとしてしまいました。

往々にして、良い関係を結べていない人の事を思い出してみると、わたしはその相手にどこか「道具的で機能的な応答」を求めていたように思いました。

もちろんビジネスの場において、相手に道具的に振る舞う事を要求することは普通です。むしろそういう契約です。会社と従業員はまさに「私とそれ」の関係です。

わたしは、営業として会社に一定の売り上げを上げることを条件にして、お給料をもらいます。わたしに求められる機能は毎月の予算を達成すること。経理部や事務部門、開発部門、企画部門、サポート部門などそれぞれの人間が一定の機能を果たすことで会社は運営されているのです。

が、「それだけだとダメだよね。」ということなのです。
だからこそ、対人関係や組織の課題は解決するのが難しいのだと続きます。

この本を読んで、自分がその時に抱えていた様々な問題を解決したいと思ったとき「私とそれ」という関係性だけで乗り切ろうとしては、そろそろ難しくなってきたんじゃないですか?考え方を少し「私とあなた」にシフトしてみるのはどうですか?と言われた気がしました。

■吉田さんに引き出された「なんか良いな」

確かに店員さんや重要な役職についている上司、自分が受けるサービスを提供してくれる会社など、身の周りのものには「私とそれ」マインドが働きます。

ですが、わたしの場合、吉田さんには「会社の近くのローソンの店員さん」に感じる以上の何かを感じていると自覚しているのです。特別吉田さんに厚いサービスを受けたわけでもないのに。

ただ、いつも元気でいる。気持ちのいいあいさつをしてくれる。無機質ではないレジの対応をしている。周囲の人にも素敵に接している。

そんな何気ない瞬間が重なって、わたしの中には「吉田さんってなんかいいな」が引き出されていたのです。

それにより、吉田さんはわたしの中で

「ローソンの店員さんとわたし」という道具的な関係から
「吉田さんと吉田さんの個人的ファンなわたし」という固有の関係へ変化してました。

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吉田さんから学べることは、やはり、個や関係性、コミュニティの価値が上がっていく現在の社会において。多くの「私とあなた」の固有の関係を自分も築いていく必要があるのではないか、ということです。

相手に道具的な機能を求めているという事は、同時に自らも周囲から道具的な機能を求められている、という事です。

例えば、サラリーマンとして、例えばライターとして、子供として、妻として、父親として、部下として、、

それらは全部が全部悪いわけではありません。

しかし、これからの長い人生の中、自分の望む人たちの中でだけでも、道具的な役割としてではない関係を作っていけるような人になりたいなと思うのです。

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