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街を歩く(A街・朝)
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待ち合わせの時間に遅れてはいなかったが、相手はもうすでにそこにいた。遠くから声をかけると、こっちに気が付いて、笑顔で駆け寄ってきた。
「やっと来た! 遅かったね、藍くん」
「朱里が早いんだろ。俺は予定どおり来ただけだ」
へへへ、と笑みをこぼす朱里。俺もつられて口元がゆるむ。俺と朱里は待ち合わせ場所である駅前から駅の中へと入り、電車の切符を買うことにした。
今日の目的地はA街だ
街を歩く(A街・昼)
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朱里が買った漫画の山は思った以上に重量があった。本っていうのはちょっと冊数が増えるだけで異常に重くなるから好きじゃないんだよな……読むのが嫌いなわけじゃないが、どうも手元に置きたくない品物だ。
「藍くーん! 遅いよー! はーやーくー!」
……誰のせいで遅れてると思ってんだろ、あいつ。相変わらずだな、とため息をつきつつも、俺は少しだけ歩調を早める努力をしてみた。
古本屋を出た後
街を歩く(A街・夕)
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昼を十分に堪能した俺たちは、それから適当にA街を探索することにした。
実のところ、これが今回の旅の醍醐味というか、俺と朱里が一番やりたかったことでもある。二人とも、普段はあまり来ない街を気の向くまま歩き回るのは好きだし、それこそ朝から晩まで歩きっぱなしでもそれほど苦にならない。
それに、歩いていればいろんなことを忘れていられた。
「藍くん、さっきの店って名前なんだっけ?」
「
山を登る(S山・朝)
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「――やっ、ほおおおおおおおおおおおおおお!!」
朱里の底抜けに元気な声が響く。
先々週にA街を散策した俺と朱里は、今度は逆に田舎の方へとやってきていた。近辺ではそれほど有名ではないS山という場所だが、軽い登山やピクニックを楽しむ分には最適なレジャースポットとして、それなりに有名ではある。
いくら小さくても山は山、お互いにそれなりの重装備と大荷物で挑んでみたが、果たしてこの備
山を登る(S山・昼)
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暑い。それに尽きる。
「やはりこの季節の炎天下はきつかったか……」
「そんなん山じゃなくてもわかってたっしょ、藍くん」それもそうだ。
S山道の両側には軽く林に近い大木の群れがずらずらと並んでいて、そのおかげで温度の割には涼しい気候になっている。ただ、道の向こう側までずっと並林道(?)かというとそういうわけでもなく、途中途中で太陽真っ盛りの地獄道を通る羽目にならざるをえない。
山を登る(S山・夕)
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「……今朝の天気予報さぁ……」
「ああ……」
「晴れって言ってたよね、一日中……」
「そうだな……」
「それじゃあさ……」
「おう……」
「これのどこが晴れなのか説明してほしいよね……」
「まったくだな……」
ということで土砂降りです。あらすじ終わり。
もうちょい詳しい話をしますと、前回お弁当を食べて元気100倍お腹パンパンマンになったわたしたち二人は、S山の頂上を目指すべく意
電車に乗る(J市地下鉄・朝)
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およそ朝の4時から5時の間ごろ、つまり始発がまだ来ない時間帯に、俺と朱里はJ市の地下鉄の改札を抜けた。こんな朝っぱらから駅員さんとかいんのかなと思ったが、一応は来ているらしい(当たり前だろうか)。
「お二人さん、どっか行くのかい?」
早朝からやってくる客、しかも若い男女二人ということで、興味を引かれた駅員さんが俺らに話しかけてきた。
「見たところ手ぶらみたいだけど。旅行にでも?
電車に乗る(J市地下鉄・昼)
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ひび割れた水面の 揺れる波に誘われて
ちいさな船に乗って 僕は朝に会いに行く
雨のあがる空に 満たされた空白の群れ
やさしく包みこんで 指先で触れるような
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電車の走る音がする。窓の外に見えるのはいつも同じような景色で、オレンジ色のライトが一瞬、矢のようなスピードで視界をすっと通り過ぎていく。俺は座席に深く身を預けて、しばしその温かさに酔った。
J市地下鉄の各
電車に乗る(J市地下鉄・夕)
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『わたしたちみたいな若者は、もっとこう、些細なことに頭を悩ませるべきだと思うわけね。腐敗政治がどうだとか、世界平和がどうだとか、たしかにそういうものも大事なんだろうけど、それよりもっとさ、友達のこととか、家族のこととか、そういう身近なことについてさ、いろんなことを考えて、今っていう時間がどれくらい大事なのかなーとか、あと数年したらこの人との関係はどうなっていくんだろうなーとかさ。あ
電車に乗る(J市地下鉄・夜)
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『ざんねーん。タイムリミットです、藍くん』
「……あと一時間延長とかって」
『効きません』
「効かないか」
そんならしょうがない。俺は潔く諦めることにした。
あれからひたすら地下鉄内を探しまくってみたのだが、どこに行っても朱里の姿は見当たらなかった。朱里のことだから、それなりに自信はあったはずなんだが。
納得はいかないけれど、見つけられなかったのは完全に俺のミス、というか力不
家に帰る(O街・西部)
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本当はいろいろと言っておきたいことがあった。朱里のこと。俺のこと。
一か月ほど前、朱里と二人でA街を歩いた帰り、朱里からもらったメモにはこんなことが書かれていた。
『みんなでまた いっしょにくらせたらいいね』
余白には、俺たち家族の似顔絵のようなものが並んでいて、正直言ってひたすら下手だった。まるで小学生が描いたような絵だ。輪郭ががたがたで、パーツもはっきりしていない。色もな
家に帰る(O街・大通り)
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友達のやっちゃんが言っていました。恋は人を強くするんだって。
友達のゆっしーが言っていました。恋は人を弱くもするんだって。
なんだか難儀な話だなぁと思うのです。第一、普通に矛盾してるじゃないですか。強くなったり弱くなったり、RPGじゃないんですからそんな簡単にステータス変化したりしませんて。まったく、これだからゲーム脳っていうやつは……ぶつぶつ……。
だから、わたしは思うの
家に帰る(O街・実家)
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「あのねー、デュフフ、えっとぉ、藍くぅん」
「気色悪いわ」
本音である。
「今日ね、お父さんとお母さん、帰ってこないんだ……」
「知ってるわ。事前に聞いたわそれ」
そもそもお父さんはここに住んでねーだろ。
「だっ、だからね! 藍くん、今日はお泊まり、していかない?」
「最初からそのつもりだわ」
仮にダメなら俺は宿無しだよ。
「今夜はお楽しみで」
「楽しめないし楽しまない!」
二人で遊ぶ(R県遊園地・コーヒー)
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「約束。ほら、小指」
朱里はすっと右手を差し出した。俺も同じようにして、小指を絡める。
「嘘ついたら?」
「某カフェ、ランチメニュー限定の特大パフェをおごる!」
「金千円飛ーばす、か……」
しかしそんなもんで本当にいいのか朱里さんよ。まあいいんだろうけど。
***
回る。目が。あと体も。
「こんなこと言うのなんだけどさぁ?」
「おう」
「コーヒーカップって、究極意味