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イツエとわたしの青①


イツエというバンドを知っているだろうか。

知っていても知らなくても読んでほしい。でも「知っているけど聴いたことはない」または「聴いたことはあるけど……」という人たちには特に読んでほしいな。


満を持して語る。私が15歳のときから愛し続けるバンドのこと。

自分の持ち物に対して何ひとつ自信を持てない私が唯一誇れるのが、イツエへの愛だ。もしかすると世界中を探してもこれだけ彼らを考え、聴き、愛した者はいないのではないかとさえ思う。とても長くなるので何回かに分けて話そう。この記事のあとはCD1枚に対して1記事レビュー、という形にするつもり。

まずイツエがどんなバンドであったか、それから私との出会いを。

これからの文章はすべて音楽の知識ではなく私の感情だけで話すので、なんら具体的なことは言わないけど許してくれ。


イツエというバンド

2010年から2015年まで、5年間活動したバンドだ。

2010年 『あの小鳥はいつ泣くの』demo
2011年 『全部嘘だよ。』demo
2012年 『優しい四季たち』single
     『いくつもの絵』mini album
2013年 『すべての朝へ』demo
2015年 『「今夜絶対」』mini album

これら6つの音源をリリースした。『すべての朝へ』は会場限定配布デモだったから正確には5つ。私が知ったとき、最初2つのデモはすでに廃盤になっていた。悔しい限りである。

イツエのすべてのCDをまるまる貸す、というのを高校と大学で20人くらいにやった。だからどこでそうなったかわからないけどケースが割れていたり、とにかくボロボロである。聴かせては「重い」「暗い」と振られまくったイツエと私の傷みたいなものなのでそのままにしてある。

特に初期の曲はそういうイメージを持たれやすい。でもでも、よく聴いて。本当は真っ直ぐで愛に溢れたバンドなんだよ。“名前のない花束”だけじゃなく"言葉は嘘をつく"も“はじまりの呼吸”も、みんな愛でしかない。それを知ってほしいということも、イツエについて書いている理由の1つ。詳細は後々ね。


最初からずっと、この4人。メンバーが変わることはなかった。ええーい、1人ずつについて話しちゃおう。


瑞葵(Vo)

唯一の女性メンバーだったボーカル、瑞葵さん。私の中で3本の指に入るボーカリストだ。歌が上手なのはもちろんのこと、最大の魅力は彼女の紡ぐ言葉にある。人生を瑞葵さんの言葉に支えられて生きています。バンドが動き出したとき、彼女は10代だった。まだ「若い女の子」といえる年齢。そこから5年の月日が経てば瑞葵さんももう「大人の女性」だ。10代後半から20代前半の、女の人の内面が最も変化するであろうその美しい過程を、私たちはイツエを通して見ることができた。女は、大人になると同時に愛の生き物になっていく。彼女の言葉がそうなっていくのを、イツエを追うことで知ることができる。

瑞葵さんが女の子と女性の真ん中あたりにいる頃がとても好きだ。女の子だった頃の彼女からは質量があまり感じられなくて、脆くて、ちょっと押したら倒れてしまいそうだった。「あ、もう女性になったなんだな」と思わされた頃には世界の愛し方についてだいぶ理解した感じで、ひとりでも生きていける強さや、弱さを許せる強さを得たように見えた。その真ん中、押したら倒れそうなのに絶対に倒れない芯が生まれた状態の瑞葵さんが刹那的で美しくて、好きだ。

あと、とても可愛い。物販に行くとハグしてくれるから「よーし、おじさんがグッズ全部買っちゃうぞ~!」という気持ちになる。グッズのデザインもしていて、いちいち可愛い。現在は金野倫仁とのユニット、UNIDOTSとして活動。作曲家、澤野弘之のボーカルプロジェクト「SawanoHiroyuki[nZk]」にも参加している。同じ女性のことなので長々と書いちゃった。


久慈陽一朗(Gt)

私が初めて好きになったギタリスト、久慈さんです。"ある朝の情景""青い鳥"あたりのイントロを聴いてもらえると話が早いと思う。こういう天才的なフレーズをぶつけてくるので何回泣かされたことか。音楽は言葉で言い表せない部分のことを表現できる。それを「わかるか? こういうことだぞ」と説くようなギターを弾く人。ストラトってこんなに表情豊かな音を出せるんだね。ライブのとき、瑞葵さんに負けじと歌っているのが大好き。口がちゃんと歌詞を言っているのが見えるから嬉しくなってしまう。クールな表情だけど、本当はとっても愛情深い人だということ、知っています。音にすべて表れているので。あ、久慈さんのことを考えていたら好きすぎて心臓が痛くなってきたよ!? 彼の愛と熱量はイツエのかなり重要なキーだったと思う。イツエのメンバーが固定する前のスタジオで働いていた縁でひょいっと加入した、という感じだったみたい。とんだ偶然ですよね。神様、ありがとうございます。

「久慈さんは宇宙人」というのがメンバーやファンにはよく知れたことなのですが、馬場さんがちらりと紹介してくれたときに「あ!! もしかして女優!?!?」と言ってすぐ立ち去って行ったので「本当に宇宙人だ」と思いました。


馬場義也(Ba)

歌うベースを愛してやまない。ボーカルに負けじとメロディを弾く、我らが馬場社長です。馬場さんは特にぐいぐい歌うベーシストで、早々に心臓を掴まれたことを覚えている。イツエがただ単純に愛あるバンドで済んでいないのは間違いなく彼のおかげ。そうじゃなかったら私はこんなにイツエを好きになっていなかっただろう。彼の中にあって音にも表れている人間の捩れみたいなものが私は大好きなのだ。プロデュース能力も高くて、音色は全然違うけど亀田誠治みたいなベーシストだと思っている。馬場さんが作る骨組みの上で歌うイツエのメンバーたちは魅力が引き出されちゃってしょうがない。

Twitterやブログを見て馬場さんの言葉に共感することも多かった。いいねの嵐を浴びせてしまいそうで大変。私はTHE YELLOW MONKEYが好きなんだけど、馬場さんへの気持ちはイエモンへのそれと似ている。いい意味で男くさいというか。馬場さんのそういう部分が瑞葵さんの書く歌詞と一緒になっているイツエが、私の矛盾を含んだ性質を肯定してくれているようだと勝手に思っている。そういうことにしておいて、ね。


吉田大祐(Dr)

こーんなに気持ちのいいドラムを叩く人、他にいる? 他の3人が好き放題やって、その隙間を綺麗に埋めて補うのが吉田さんのドラム。吉田さんについて考えた結果、ドラムはリズムの核であるとか縁の下の力持ちとか、そういうこと以上にバンドの背景となるべき存在なんだとわかった。イツエの世界をもう1歩、ぐっと広げてくれている。いつも楽しそうに叩いていると思っていたけど、活休前最後のライブでめちゃくちゃ泣いていたのを見て「吉田さんが1番にイツエを好きなのでは」と思った。そうなんだろうな。私もそれを見て泣いてしまった。

MCでいつもいじられているし「#吉田許さない」ステッカーが作られたりしていた。でもドラムを堅実に叩いている吉田さんを私は許している(?)。「#吉田許す」ステッカーもあるよ。吉田さんのドラムのいいシンプルさ、イツエには絶対に必要な要素だった。絶対に。

ちなみに馬場さんと吉田さんは現在「smile for me」というバンドで活動中。私の好きな部分は変わらず、また音楽を作り始めた2人の曲を聴いてくれ。


なんだかすでに話し過ぎている気がしません? でも文字数を費やさないと語れないから今まで話してこなかったわけだし、そういうことだ。

この4人が出会ってくれて本当によかった。何度でも言うけど、愛してやまない。活休するときに馬場さんが「バンドが活動しなくなっても、音楽は永久に残る」と言っていた。今も私は彼らの作ってきた音楽に救われ続けている。

収拾がつかなくなりそうなのでここでひと区切り。



イツエとわたしの青

私とイツエとの出会いは2014年、15歳のとき。夏前くらいかな。“ある朝の情景”が新曲で、という話を聞いた覚えがあるからそのくらいの時期だと思う。『あの小鳥はいつ泣くの』と『全部嘘だよ。』を借りた。

まともに音楽を聴き始めたのもその頃からだったので、最初にこんなバンドに出会ってしまったおかげで青春のすべてをイツエに捧げてしまったことは想像に難くないだろう。「私の性格が捻じ曲がってしまったのはイツエと椎名林檎のせいだ」って言い訳にしていることが多々あります。そんなことはないはずです。


その頃はライブハウスに1人で行く勇気がなくて、聴いていたけど見られてはいない状態が続いていた。ようやく見に行ったのは今でも忘れられない下北沢SHELTER、「プラトリヲワカ」のとき。イツエはオープニングアクトで、メインはPrague、tricot、チリヌルヲワカ。やっとの思いで一緒に見に行ってくれる人を見つけて「OAだけどとにかく見なきゃ……!」と思って行った。

あんなに鳥肌が立って、涙が出て、悲しみも幸せも一緒に感じて、というライブは今でもイツエ以外で出会えていない。もう6年も前のことなのに。物販で瑞葵さんが『いくつもの絵』を手売りしていて、緊張しながらそれを買って、サインをもらうことも話しかけることもできずにただ帰った。一緒に行った友達はヲワカの音源を買っていて、「明日、学校でCDを貸し合おう」と約束をしたのを覚えている。

メンバーと物販で話したことはあるけど、長くライブを見に行っていたのに話せるようになったのは活休の直前くらい。それもいつも一緒に見に行っていた人に連れて行かれたからだった。好きな人に話しかけることがなかなかできないことに定評のある私なので。「”好きの極み”の人たちに話しかけられるわけないじゃん」と思っていたら、ライブに行き始めてから4年強の時間が経っていた。結局「好きです」としかまともに言えなかった。


話す機会は逃しまくっていたものの、金欠高校生なりにライブは行っていた。初めの頃は私くらいの年齢のお客さんが本当にいなくてちょっと居場所に困るような感じだった。

特に好きだったライブは2014年の自主企画「ヘルツはそのままで-ark-」。下の動画に少しだけ残っているように「第一章、青い鳥」という言葉でライブが始まる。でも本当は、1曲目もそのあとも次に演奏する曲の歌詞を少しずつ使いながら物語を読み聞かせるみたいに瑞葵さんが少し話して、“青い鳥”と同じように章と曲名が発表されて演奏が始まる形だった。メモリアルフォトブックに“ネモフィラ”のMC部分が載っていたから引用する。

ぎゅーっと抱きしめたくなるような春も、優しく手を繋いで歩きたくなるような冬も、きっと過去になったら薄れてしまうね。だけど思い出は綺麗になりがちだから君の事、たまに思い出すくらいでちょうどいい。
2014.9.30 イツエPresents『ヘルツはそのままで-ark-』@TSUTAYA O-WEST

短編小説を読んでいるみたいなライブで、こんなに素敵な企画ライブを見ることはこのあとの人生でもうないと思った。予想の通り、未だにこれを超えるライブには出会っていない。お願いだから映像化してほしい。値段がいくらであろうと買う。

イツエが好きな人が私の周りにも増えたのに、このライブを見せることができないのがとっても悔しい。イツエのライブのあとは少なくとも1週間、彼らのことしか考えられなくなっちゃうんだよね。


イツエが活動していた5年間はちょうど、私の10代後半の5年間だった。活休はとても悲しくて寂しくて「イツエのライブが見られない世界でなんて生きていけない」と本気で思った。けど今は彼らが歩みを止めた理由がなんとなくわかる気がする。イツエは彼らにとっても青春だったんじゃないかな。人は1つ大人になるとき、ステージを上げるときに脱皮が必要だ。何か辞めたり捨てたりするものが出てくる。とても自然で必要なことだ。批判を恐れずに言えば、イツエにもそういったタイミングが来たというだけであって、然るべき決断だったということだ。と、私は思っている。そのままではいられないことってある。

ひとりの人間として生きていくことを考えに考えていた青い私と、音楽で自分たちを表現していたイツエの青。私の10代の終わりとイツエの活動休止。そういうことがぴったり重なってしまったためにこんなにも愛が生まれてしまったのだ。だから、イツエとわたしの、青。


活休ライブを見たあと、「15歳のときからイツエを聴いてるんです」とメンバーに言ったら驚かれた。すごいでしょ。「15歳!? 今いくつ!? え、15歳でイツエ見てたの!?」って言っていた。というか若干引いていた。

おやすみ、イツエ。
人に受け入れられるまで随分と長く片想いをしたね。
取っ付きにくくて、でも踏み込めばどんな音楽よりも真っ直ぐで青さすら感じられて。私にはその不器用さが愛しい。
他の人の聴き方など知らない。でも私にはその名前のない花束は届いているよ。だから少しだけ、安心して眠ってほしい。

という文章が、活休ライブ直後の日記に書いてある。文章が若い気がして恥ずかしい。15歳からずっと、本当に毎日聴いていた。人生の方向性は3度くらい変わってしまった。たったの3度が、進んでいくうちに大きな幅になっていくのよ。イツエが人生にどれだけ影響しているかメンバーに伝わってくれたらいいのに、と思い続けている。これを書いたからといって彼らが読む可能性はゼロに近い。わかっている。でも少しの期待を込めて、その5万倍の愛を込めてこれを書いている。何故って世界で1番イツエを好きな人間だからです。もうこれ間違いないもん。「いや俺のほうが……!」って人がいたら出て来い。同率1位の会を開いて一緒にうまい酒を飲もうな。


1円もお金を生まないのにこれだけ書いているの、わけがわからないでしょ?これが愛の力だよ。対象がバンドだからいいものの気持ちが重すぎるな。

次回はいつになるかわからないけど、最初のデモ『あの小鳥はいつ泣くの』から順番に、1記事ずつに分けて話そうと思う。これだけ書いてもまだ終わらないのかよ。後半になるに連れて愛が爆発してきて喧嘩腰になっているの、不思議でならない。


追記4/25

そもそも何故これを書いたかを書き忘れていた。彼らについて十分に語るためには丸3日はかかるし、周りにイツエ好きがなかなかいなくて話し相手がいなかったからです。イツエおばさんこと私の話を聞いてくれてたふたり、いつもありがとう。大事なバンドです。ネモフィラも見に行くわけです。

話しきることは不可能だったし、悶々とした気持ちを15歳からずーーーっと抱えていた。どうせ読む人がいないのは聞いてくれる人がいないのと変わりないし、じゃあ好き放題書いてもよくない!? と思って書きました。

長々と個人的なことを書いているだけ(いつもそう)なのに読んでくださった方。ありがとうございます。どのくらいの人が読んでくれているかちゃんと見ています。愛しかないです。


またね。



イツエ

公式サイト:http://itsue.jp/index.html
Twitter:https://twitter.com/itsue_officIal
YouTube:http://www.youtube.com/itsueband
SoundCloud:https://soundcloud.com/itsue/


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inkyo

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次回→「イツエとわたしの青②-『あの小鳥はいつ泣くの』


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珈琲を飲みに行きます

すき
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コメント (3)
熱い!こういう文章、好き!
yosh.ashさん┊リツイートもありがとうございます…!!コメントいただけるの本当に嬉しいです!
いやー、めっちゃイイです。感情がほとばしってるドライブ感、最高!
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