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そんなの泣いちゃうね


猫の友達でも欲しいよ。にゃー、とか、そんな大層なこと言わなくてもいいから、黙って呆れた目で私を見ているだけの猫の友達。

ふと、さびしいな、と思う。こんなの贅沢な感情だと思う。だって私には家族も友達も恋人もいる。仕事をして、好きな服を着て、食べたいものを食べている。周囲から見れば十分満ち足りているはずなのだ。それなのに、さびしいな、と思う。こんな夜の正しい乗り越え方がまだ分からない。


寂しさをどうやって埋めようか。
私は人に寄りかかるタイプではない。電話やラインも自分からすることは少なく、積極的に連絡を取ろうとしない性格だ。誰かと一緒にいないと生きていけないわけではない。むしろ一人の時間が必要な人間だ。家族も、友達も、恋人も、「最も大切な他人」だと思っている。小学生の頃から、そういう信念を持っていた。あなたのことは大好き、でも、私とあなたは違うよね。そう思ってきた。こんな感情を持っている私には、寂しさを人で埋めようとするのは難しいのかもしれない。

ずっと羨ましい種類の人間がいる。いつでもどこでも電話をしている人。何かがあればすぐに大事な人に電話をかける人。躊躇することなく自分から相手に連絡をとることができる人。彼らはいつも忙しそうに誰かと繋がっている。私には到底できそうにない。喜びも悲しみも、どうやってシェアして良いのかわからない。一人でそっとじっと持っていれば、じきに小さくなって消えていく。一度方法を知ってしまえば、そのやり過ごし方で十分だと思えるのだ。「何かあったら頼ってね」「いつでも連絡してきてね」の、「何か」も「いつでも」も、いまだに正解が分からずにいる。自分だって後輩や友達にそういうかっこつけたことを言うくせに。

恋人と別れるとすぐに別の恋人探しを始める人のことは、実に興味深い。私には、恋深き時代はあったものの、恋多き時代はなかったように思える。「とにかく一人は嫌、だから付き合いたい」「誰でもいいから紹介して」「彼氏いないと生きていけない」というリアルの肉声を初めて聞いたとき、新世界だなと思った。心から好きな人以外は家に入れたくないし、心から好きな人以外と付き合いたくない。ふらふらしていた学生時代も、そこだけは守っていた。だから、誰とでも付き合うことができる人のことは才能だなと思った。

ちがう。ほんとは。才能なのかな。寂しさなのかな。そういえば、才能って、寂しさのことだったのかもしれない。

正体は、分からないまま。

「あたし友達いないから。女に嫌われるタイプなの分かってるから。まわりは敵ばっかだよ」女にも男にも敵が多いと冗談のように笑いながら告げた声には、後の無い切迫した寂しさがまざっていた。

苦しくて聞いてらんなかった。なにそれ。絶望でいっぱいじゃん。賢くて美しくてまともなことも言える人なのに、どうしてそんなに絶望まみれなの。後がないって分かっているの。まだ大丈夫だって思っているの。いつか王子様が迎えに来るってこの期に及んで期待しているの。そのうち全部大丈夫になるって簡単に考えているの。

知ってる。たくさん嘘をついて、嘘をつかれて、多分もう何が本当かわからなくなってしまっている。人を信じるだとか、大切にするとか大切にされるとか、そういうの全部捨てて来てるよね。私にも、あの人にも、相談しているように見せて嘘ばっかついてるよね。いいように利用してるよね。知ってる。

だからごめんね、助けてあげたいとは思えない。冷たい私は、そんなの自分で何とかしてよって思ってる。嘘ばっかついてきたからこんな風になるんだよって思ってる。私も散々迷惑被ったよって恨んでる。ごめんね。でも、あなたが嘘をつかざるを得なくなったきっかけは、きっとあなたのせいだけじゃないっていうのは分かるよ。分かる。その上で、助けてあげたいとは思えない。ごめんね。


ふと、さびしいなと思う。人間なんてはじめからさびしいのだ。私があなただったら、絶望まみれで消えてしまうかもしれないって、そんな置き換えしてるうちはずっと私もさびしいままだよね。誰もあなたの味方じゃないじゃん。誰も私の味方じゃないじゃん。結局人は一人で生きていく生き物じゃん。

絶対に助けてなんかやんない。あなたのこと、死ぬまで理解できないと思う。でもそれはあなたも同じだろうよ。

それなのに、助けてあげたくもない人のことを思って泣いてしまうなんてどうかしてるよ。無関心か親身になるか、どっちかにしとけよ。どちらにもなれない私がいちばんサイテーだよね。知ってる。

こんな夜は、やっぱり猫の友達でも欲しいよ。前言撤回、にゃーって、一言くらい鳴いて私を慰めてほしい。



ゆっくりしていってね