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明智城に行った話

また随分と日が空いてしまいました。
先日「突然明智光秀推しになってしまった」と触れましたが、シーズン開始前に名古屋に行く用事ができたので、勢い余って明智城跡まで行ってきました。

とはいえ出自が謎でお馴染みの光秀さんなので、故郷の場所も諸説あります。
恵那か可児か、明智荘はいったいどっちなんだよ…と思いつつも、「明智の城があったところは確実だよね」ということで可児市の明智へ。
もうね、駅に着いた時点で高まるテンション。

明智駅だよ。


城への道中に光秀の産湯として使われた(諸説あります)井戸跡もあって感動。

明智光秀産湯の井戸跡


城下に辿り着いて「ここが光秀の故郷(諸説あります)かぁ……」とまた感動。

詳しいことはわからない、ということが詳しく書かれている。

この日は風が強く、名鉄が強風で遅れるほどだったのですが、城址(山城なので頂上にある)までの山道が大変でした。
メインルートと六親眷属幽魂塔ルートに別れていて、六親眷属幽魂塔ルートから登り始めたのですが、途中の竹林がものすごい音を立てていました。

ルート分岐。


枝落ち・枝折れどころか、完全に横倒しになっている木もあり、六親眷属幽魂塔側から山頂に向かうことができず……一旦降りてもう一度メインルートで登り直すことになりました。体力勝負だね!

強風で薙ぎ倒された竹。

そして到着した山頂!
まずは明智光秀像がお出迎え。
これがまたかっこいいんだ。

明智光秀像。片手には鉄砲。
土岐桔梗 明智城の碑

しかし当然だけど、城があったとうかがわせるものは何も残っていない!
そういえば麒麟がくるでも「城より命が大事!」と光安から家督を継いだ十兵衛が逃げるシーンがありました。
江戸時代まで(というか明治時代になってしばらく?)は「歴史的価値のあるものとして残す」ことよりも「権力の象徴なので奪ったら壊す」意識のほうが強かったためか、数々の城が相手勢により壊されてしまっているのは大変残念であります。
しかし城址で在りし日の姿に想いを馳せるのも、お城の楽しみ方ってもんですな。
かの時代に見えた景色はどのようであったか、空の色は今と変わらず抜けるような青…明智の桔梗紋の如き鮮やかさであったのだろうか……なんて考えてるのも歴史好きの楽しみなのかしらね!まだ全然わからんけど!

そんな感じで初めての聖地巡礼をしてきたのでした。
いずれ恵那のほうの明智にも行きたいと思っております。
でも坂本城にも行きたい。
鉄は熱いうちに打たないと!

ちなみに最近またポケモンGOをやってるんだけど(今更)、この日可児で捕まえたアマルスに「明智くん」と名前をつけて相棒にしています。かわいいね。色も水色だしね。

おまけ

名古屋駅の高島屋前にある時計にくくりつけられていたドアラ。

では〆。

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