柳田国男と高木敏雄の雷神論


 タカミムスヒについての端的な判断は、すでに『歴史のなかの大地動乱』で述べたところであるが、この神は雷神であったということである。このような見解は右の拙著の外にはこれまで存在しないが、これは柳田国男が論文「雷神信仰の変遷」でアマテラスに先行する日本の最古の神は雷神なのではないかと論じていることをふまえたものである。重要な部分に傍点をふして引用する。


久しい年代にわたって我々の国民に、最も人望の多かった「力を天の神に授かった物語」、および日本の風土が自然に育成したところの、雷を怖れて、これを神の子と仰ぎ崇めた信仰(中略)の第一に算えらるべきものは、賀茂松尾の神話として永く伝わった別雷神の誕生譚である。(中略)(それは)雷神の奇胎するところであって、いわゆる三輪式の説話と対照することによって、解読が始めて可能である。
すなわちかって我々の天つ神は、紫電金線の光をもって降り臨み、龍蛇の形をもって此世に留まりたまふものと考えられていた時代があったのである。それが皇室最古の神聖なる御伝えと合致しなかったことは申すまでもない(傍点筆者、『定本柳田国男集』筑摩書房、九巻)。


前後を省略しているのでわかりにくいかもしれないが、前半の部分で「雷を怖れて、これを神の子と仰ぎ崇めた信仰」というのは、雷とともに山や谷川に「雷神の子(桃太郎や金太郎のような小さ子)」が降りてくる、あるいは賀茂別雷や三輪神社の伝説のように、雷神が地上の女性のところに通うという信仰のことをいっている。後半は、その姿は「紫電金線の光」、つまり雷電の光であり、彼らは龍蛇の形とって現世に存在している。それは「皇室最古の神聖なる御伝え」、つまりアマテラスが皇祖神であるという伝承とは一致しないが、日本の風土に本来から存在した天つ神とは雷神であるというのである*18。
 これは倭国神話論にとって決定的な主張である。これに先行するものは、おそらく日本神話学の先覚者、高木敏雄が素戔嗚尊を暴風雨の神であるとしたことのみであろう。高木説には、高天(高天原)の神、アマテラスに対して、スサノヲを「低天」において「雨、雪、風、雷鳴、雷光等の発生して,その力を逞しうする」の「暴悪の黒雲」の神とする論点が含まれていたことは、現在ではまったく忘れられているが、私は、高木の「素戔嗚尊の神格には天然的基礎の存在するを信ず」という立場は尊重すべきものであると考える(高木「素尊風神論」『日本神話伝説の研究』)。ただ、アマテラス以前の本来の至高神を雷神であるとするという全体的な構想において、柳田が高木の「素尊風神論」という限られた視点を超克していることは明らかであろう。

 そして私は、『歴史のなかの大地動乱』で若干の史料によって述べたように、この至上神たる雷神は大和王権の本来の建国神であるタカミムスヒに求めることができると考える。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?