121/1096 坂爪圭吾という人と、愛と笑いとやさしい歌
坂爪さん

121/1096 坂爪圭吾という人と、愛と笑いとやさしい歌

吾輩は怠け者である。
しかしこの怠け者は、毎日何かを継続できる自分になりたいと夢見てしまった。夢見てしまったからには、そう夢見る己を幸せにしようと決めた。3年間・1096日の毎日投稿を自分に誓って、今日で121日。

(この毎日投稿では、まず初めに「怠け者が『毎日投稿』に挑戦する」にあたって、日々の心境の変化をレポートしています。そのあと点線の下から「本日の話題」が入っているので、レポートを読みたくないお方は、点線まで飛ばしておくんなましね。)

121日目の今日は、坂爪さんとのライブ動画配信とお話会を終えて、フィレンツェからヴェネツィアへ戻る車内で書いている。今日までのここ2日間は合計で5時間ほどしか眠っていないのだが、わたしの身体は車内で眠るとフル充電できるという不思議な機能を搭載しているため、それを利用してたった今フルマックスまで回復したところだ。充電に約1時間かかった。なんと便利なことだろう。
わたしはこの機能なしにはこの毎日投稿をとっくの前に途切れさせていただろうと思う。

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坂爪さんたちと別れて家に帰る。坂爪さんと保科さんは、彼らが現れた時と同じ様子で、楽しそうに去っていった。わたしは虚無を味わっている。

坂爪さんと保科さんとわたしとの3人で外に喫煙に出ると、わたしはクラスのチョイ悪男子と一緒に居るような気分だった。
我々は一緒にブラブラと建物の一角や公園まで出て、自分達が世の中からはみ出していることや、世の中がわたし達からはみ出していることを笑ったりした。

わたしは勝手に彼らに対して、先生のご機嫌をとって得しようとしなきゃならないくらいなら死んだ方がマシ、みたいな種類の己の性質に、自ら適応しながら生きている仲間という感覚を持った。
その辺りが同じがゆえの安心感とともに話すのは、とても心躍るものだった!

だから、彼らと別れて、直視したくないほどの寂しさに襲われた。彼らとどこまでも、不良学生でいたかった。
なぜ会っている間に、もっと抱きしめなかったのだろう。坂爪さんと手をつないで歩きたいくらいだったのに。ラブレターをあげたいくらいだったのに。ほっしーとコスプレもしたかったし、侍を思わせる美しいほっしーをもっと写真に撮りたかったのに、なぜ我々は笑顔で別れたのだろう。

一緒にいると、俺らってしょーもないっすね、でもそれが楽しいっすね、信用を得るための嘘なんかクソ食らえだけと、真心、って言葉はイイっすね、そんなことをどこまでも語れた。わたしは踊りたかった。それくらい楽しかった。

別れたくないのに別れに笑顔を添えたのは、お互いにこの先を幸せで生きてくれるであろうと信頼しているからだと思う。でも、坂爪さんとの別れには、なぜか言いようのない胸の痛みを感じる。息子を見送ったような夫か恋人を見送ったような兄を見送ったような、人としてというより、大切な異性と離れた感覚がある。辛い。
なんかもっと一緒に互いを揺さぶって狂った話をして、互いに何かを吐いて、酩酊状態になって復活したいような気がする。いつか、そんな日が来ますように。

坂爪さんと話していて、坂爪さんとわたしに共通点を見つけた。それは、一般的な感覚では非常にリスキーなことをしているように見えても、本人にとっては無駄のない合理的な行動であるということ。

弾く坂爪さんと歌うわたし

彼は「坂爪さんは勇気がありますね」と言われることがよくあって、それについて、僕は過去や未来を背負うことはできないけど『今』なら背負えるから、今だけを背負ってみたにすぎない。勇気を出したというより、できることをしただけ。と話した。
わたしはそこにとても共感した。わたしも過去の後悔や未来への期待と計画を背負っていたら、その重さに耐えられないだろうと思う。だから、そこから無駄を省く方に向かった気もする。必然的なことだったと思うのだ。

と、ここまで書いて、たどり着いたこの家は凍りついた氷の要塞であった。寒い。どれくらい寒いのかというと、眠るな!眠ったら最後だ…!死にたくなければ眠るんじゃない!という雪女の話に出てくるワンシーンを思い浮かべずにはいられない寒さである。

わたしは今日のお話会で、フィレンツェ在住の愛する参加者さまたちのお話を聞くうちに、多くの人が大人になるためにたくさんのものを持たなければならなかったのだろうと思った。
計画性だとか、リスク管理だとか、戒めだとか…世の中はそういう失敗を避けるための処世術を身につけなくては、社会で生きていけないと思い込む機会にあふれているのだな、と…

わたしはそれを身につけられなかった。どうしても身に付かなかった。そこに絶望し、晴れ渡った真っ青な朝の空を悲しく見上げた日のことを覚えている。

こんな日は行楽に行きたい。なぜわたしは毎日会社に行ってオフィスに縛られて仕事をして上司の言うことを聞くのがこんなにも苦痛なのだろう。

なぜ好き勝手したい自分を優先してしまうのだろう。なぜ皆はそれを「仕方ないから」と納得して諦めることができるのだろう。わたしに何が欠けているために、それができないのだろう。そんなことを思った。

わたしは今から会社を辞めて、周囲から軽蔑される方がマシだ。笑われるのも見下されるのも気にならないけれど、好きでもないことをするのは耐えがたい…そう思って辞める。またダメだった、と周りに言われる。わたしは他者からのダメ扱いに少しも傷つかない自分を、超絶にダメだと、でもちょっと面白いと、そしてちょっと狂っていると思っていた。こんなことを繰り返してきた。

近所の暗黙のルールに従えというのも、同じだ。染まる事ができなかった。任意で、と定められているものでも、引っ越してきたばかりの者は強制的に入るべき…というような圧力が耐えがたい。

説明時に「一応任意ですが(わかるわよね)、新しい人は今まで皆、最初は入ってくださってます(わかるわよね)。」と言われ、わたしはその保険のようなものへの入会を断った。要らぬ不安のための保険だった。
結果、その近所のボス的な存在の隣人はそこにいた8年間、最後までわたしを無視して暮らした。

わたしはこうして嫌われ者になる方を選んでしまう。わたしはそのババアを嫌いにならなかった。ただ、自分が生きていると、こういう事態になってしまうのだ。きっと、多くの人はそれを、8年も無視??ひどい話ね、と言ってくれるか、そのくらいのことは目をつぶって我慢して入って、丸く収めたほうがいいよ、と言うだろうと思う。

でも、わたしはそれがちょっと、笑いを誘ってしまうことに思えていた。
そして、坂爪さんといると、それを一緒に笑える、そう思えた。自分の性質をさらけ出して、それを一緒に笑い飛ばしてくれる人がいたら、何に失敗しても人生は成功だと思った。そんな人が地球のどこかにいる。それだけで幸せなことだと思う。坂爪さん、生まれて生きて、わたしに出会ってくれて、ありがとう。
一緒にいる時間に、あんなに幸せにしてくれてありがとう。わたしはあなたといて嬉しくて幸せでした!!心から愛しています!!
 

子供の頃、わたしは早く大人になりたかった。自由になるのだとばかり思っていたから。
まず最高なのは学校に行かなくていいこと。それから、車でどこまでも遠くに行ける。世の中にあるいろんなものを利用してよくなるのだし、いつでも好きなところに行って好きなことをして過ごせるのだと思っていた。

でも、実際は違った。
社会に出るとなると、ともするとものすごくたくさんのしがらみを背負わされる。それはわたしにとって、優しいおばあさんについて行って家に入ったら、クルッと振り返ったおばあさんが大きな口を耳まで伸ばしてニタリと笑う魔女だった、というくらいのショックだった。

でもわたしはそのおばあさんを嫌わないだろうと思う。

わたしは、人間社会はちょうどよく難しくて、ちょうどよく厳しいといつも思う。ベストなところに調整されていてすごいなと思う。人間は苦をベースに持てるようになっているのが、幸せの素なのだと思う。
とにかく、その設定がないと、最初からすべてが極楽浄土だったら、幸せがベースだったら、そこで幸せなことが起こったときに、どうやって幸せを感じるのだろう??
だから、苦がベースなのはギフトなのだと思う。そんな大変なステージにいて、そこから笑ったり喜んだり幸せを感じたりするゲームをやっているのだと思うと面白い。

生きるのきっつくないっすか?このステージきっつくないっすか?あーでこーでキツイよね、クソくらえだよね、うるっせーよバーカだよね、そんな世の中で、こんな素敵なことがあったんだよ!!と言えるって、やっぱりどう考えても1番面白い。これ以上の設定が思いつかない。神よ、やはりお主、さすがだな!と思う。

だから、苦に出会ったら、なんなら図々しく、さて来たと。幸せの素来たぞと。これが基本だと。これがあっての幸せだしな、少なくとも自分がおかしいんじゃないしな。そういう設定だしな。と思っていいと思う。
少なくともわたしは、大変なことがやってきたときは、その渦中だって図々しく、これは幸せの予兆なのだと思っている。

今もわたしは自分が住んで良いと許可されている家がない。事態は二転三転して、この先のことはわからなくなっている。(またアメブロに書きます)
でも、そんなことは笑えることだと思うのだ。わたしがこれを話すと、笑ったら失礼だと思って微妙な表情をしてくれる人が多い。けれど、わたしはどんな顔で聴いてもらっても気にもしていない。みんなが楽しんでくれればいいな、としか思っていない。それに、どんな顔で聞く人も好きだ。

坂爪さんは、こんなに変なわたしを、少しも軽蔑せず、大切に扱ってくれた。いつも優しかったし、話を面白がって聞いてくれたし、なんでも笑ってくれた。お互いの話がやたらと面白かった。ほっしーも混ざって、大笑いを何度もした。神さま、自分は、43歳にもなってから、10歳以上も年下の男子とこうして、裸足でフルマラソンをして記録よりも血痕を残した話で一緒に馬鹿笑いできるような幸せが待ってたなんて、知らなかったよ!!!

そして、坂爪さんはギターを弾いて一緒に歌を歌ってくれた。あのひとときだけでも一緒にコピーバンドを組めて幸せだった。坂爪さんの歌を聞いて私は涙が出た。寂しいことを寂しいまま受け取れる人の声が、優しいギターの音色とともに胸にしみた。わたしも歌った。人の小さな幸せを願う気持ちを音にして合わせたような気がした。好きだと思う気持ちを音波にして流したような、幸せな音が細く鳴り響いた。
天使たちがパタパタと寄ってきそうな良い時間だった。みんな、いつか新曲を発表したら聴いてくれ・・・!(言ってみたかったww)

わたしの言えることは、つまはじき者ではみ出し者で、変で、協調性が乏しく、気が利かなくて空気が読めなくて、お勤めも勤まらなくて、その国の言語が話せなくて、車も運転できなくて、ついでに中年でも、生きられますよ、ということだけなのだと思う。その大変な人生を、笑いに変えるためにいろんな試行錯誤をしてきた結果、今だけを生きるのが楽だった、たったそれだけなのだと思う。

今を生きている人、心に余計な荷物のない人が、決して辛い目に遭わないわけでも、寂しい思いをしないわけでもない。悲しい日も侘しい日もある。
でも、生きているって、たまらなく素晴らしい。
命がある間、まだまだ自分を壊すチャンスはあるんだ。この先、もう、いくらだって、今の自分の知らない自分になって、驚くチャンスはあるんだ。
だから、自分を持っていることを楽しもう。わたしたちに与えられているのは、チャンスしかないのだと思うから。

みんな、大丈夫だ!!!

というわけで今日は、素晴らしい思い出についてであった。
これをすべてプロデュースしてくださって、最後までちゃんと成功させてくださったたでひろこさんhttps://note.mu/golosaに心からの感謝を・・・・それから、高熱の中で遠くまで運転してわたしを坂爪さんに会わせてくれた夫にも死ぬほどの感謝を。
そして、尊敬する参加者のみなさま、やっぱりめちゃくちゃ大好きです。
今回も、笑顔を見せてくださって、本当にありがとう。

それではまた、明日!!

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菅 美智恵 (壇珠-たんじゅ-)

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イタリアに居住。体験型の意識のワーク『秘行』を考案。 一連の手順に整え、秘行のコースとして公開・運営する。 奇妙な人生を綴った「義理歩兵自伝」他、「裏自伝」「三年計画・結婚の誓い【毎日投稿】」「男と女の往復書簡」などをnoteのマガジンで連載。 この世と地球人と漫画と音楽が好き。