1-6沈む

「沈む」#掬することば

※2月4日の「World Cancer Day」に向けて、豆本詩集『汀の虹』の詩を、noteに1日1篇ずつ置いています。
6篇目は「沈む」です。

Flowers 「アジサイ」×「スケルトンリーフ」(2017.06 花店note)

「病室って、海の中みたい」

はじめてそんなことを思ったのは、18歳の夏。脳出血で寝たきりになった祖父の手を繋ぐために、祖父の入院する病院に通いはじめた頃でした。

「おじいちゃん、おはようございます」
「手、繋いでも良いですか?」

右目の視線の先にまわりこみ
右手に触れ 両手でそっと包み込む

18歳の夏 私は手を繋ぐためだけに
祖父のいる病院に通っていた

「ヒュー、ヒュー」
脳出血の後遺症で寝たきりになった祖父は
声をかけてもすぐ眠ってしまう

小さな寝息が響く病室は
深い海の中のようで
寝顔を見つめていると
言葉にならない後悔が溢れてくる

沈んでは浮かぶ
後悔のあぶくに触れながら
沈黙の海で ただただ手を繋いだ6年半

祖父がその海で見せてくれた
人生という旅の終わりは
そのあとを生きる私の
みちしるべになっていて

祖父を守りたい一心で
繋いだ手の温もりに
今でも守られているような気もする

繋いでくれた手に
生きてくれた祖父に
ありがとうの気持ちをこめて

(「手を繋ぐ」 #旅する日本語 / #差添い より)

それから11年後、自分がその海の中に沈むことになるとは、そのときは夢にも思っていませんでした。

かつての自分が見つめていた病室のベッドに横たわり、カーテンで仕切られた小さな空間で息を潜める。4人部屋の大半は、がんの治療で入院している人たち。ベッドの外で鉢合わせてことばを交わすことはあっても、普段はみなカーテンを閉め、それそれの孤独の中に居ました。

たとえベッドに沈んでいても、声を忘れた訳ではありません。看護師さんの問いかけにはきちんと答えるし、家族がお見舞いくれば会話をする。

でも、今思うと当時のわたしはとても混乱して、自分の心の状態と声が断ち切れて絞まっていました。あまりにも先が見えなくて、前へ前へとことばを投げてそれに向かって歩く日々。

カーテンの中で独りに戻ると、前に投げたことばが自分のものではないような気がして。ことばにできなかった孤独の声は、吐く息とともにあぶくのように口からこぼれて天井に消えてゆくような。 大事な感情はあぶくになって離れてしまい、自分というものがどんどん空っぽに、潰れていってしまうような。

カーテンの向こう側からも、時折涙をすする音が聴こえたり、苦しそうな呼吸が聴こえたり。それぞれが抱えた声にならない想いが、あぶくのようにゆらめいて消えてゆくような。

病室というのはそんな空間で。それは海の中というより、いつか見た水族館の、分厚いガラスで隔てられた水槽のようでした。

それぞれが、隣のあぶくをかき消してしまわぬように、静かに息を潜めていたあの時間。その不思議な静けさと、その中をゆらめくあぶく。今も忘れられないし、忘れたくない記憶の欠片でもあります。

最後に添えている歌(曲?)は、学生の頃の一時期目覚ましになっていたもの。「入っているメディアの1曲目が鳴る」というコンポを目覚まし機能を使っていたのに、取り出し口が壊れてメディア交換できなくなってしまって。1曲目がそれだったというだけで、毎朝海の音が響くという謎の時期がありました。気持ちも沈んでいた時期だったので、しばらくそのままにしていた気がします。

でも、ある日思い出したようにボタンを押してみたら、何事もなかったかのように出てきたりして。いつからか違う歌に変わっていました。

しずむ【沈む】
1 水面上にあったものが水中に没する。水底へ下降する。また、水底につく。
2 周囲より低くなる。
3 下の物にめり込む。
4 太陽・月などが、地平線・水平線より下へ移動する。
5 飛行する物体・投球などが急にその位置を下げる。
6㋐望ましくない境遇・状態に陥る。
㋑その心境になりきる。特に、暗い気持ちになる。落ち込む。
7 地味で落ち着いた感じになる。
8 色や模様などが浮き立たなくなる。また、存在が目立たなくなる。
9 ボクシングで、打ち倒されて立てなくなる。
10 ゲームなどで、最初の持ち点以下になる。
(デジタル大辞泉)
『汀の虹』のみちしるべ 
『汀の虹』は、がんによる孤独の中で握りしめていた“ことばの欠片”を道標に制作しています。握りしめていた“ことばの欠片”の大半は、それまでの人生で大切な人から贈られたことばや、何度も触れた本や音楽、映画のことばでした。

そこからことばをひとつ手にとってはタイトルとして置き、心の奥に沈んだ治療前後の記憶を一つずつ掬い上げ、重ね綴っています。この本や歌、映画の中にあることばや情景をみちしるべにしていたような…という作品のタイトルだけ、最後に添えていきます。(以下、敬称略)

「沈む」
Mr.Children『Dive』

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ZINE作家。“大切な記憶”を小さな手製本に綴じています。「記憶のアトリエ」/ 連載「まなざしを綴じる」(日本看護協会出版会) / 希少がん(絨毛がん)経験者 #AYA世代 #zinester https://michi-siruve.com/
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