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「#掬することば」のはじまりに。

はじめまして。ZINE作家の藤田理代です。

michi-siruve(みちしるべ)という屋号で、誰かの「大切な記憶」を預かっては小さな手製本に綴じるという制作活動を続けています。

故郷の記憶を預かることもあれば、家族の記憶を預かることもあり、あたたかな記憶もあれば、何かつらい経験も含めた大切な記憶を預かることもあります。どれもそのままお預かりして、手製本に綴じてお贈りしています。

記憶の持ち主がご自身で本に綴じるひとときもお贈りできたらなと「記憶のアトリエ」という本づくりの移動アトリエも、いろんな町でひらいています。

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ささやかで何だか説明しづらい営みなのですが、元々は自分が持っておきたい「大切な記憶」を忘れずに見つめていられるものが欲しくて、はじめたものです。

「手製本」という表現を選んだのは、制作の過程すべてを大切にしたかったから。元々本づくりには関心があって、大学時代は本屋さんでアルバイト、卒業後は印刷や広告、Web制作の仕事に関わりながら、写真表現や編集ライティング、製本について一つずつ学んできました。

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どうして「大切な記憶」なの?と尋ねられると、その動機は10歳の春、1995年の阪神・淡路大震災まで遡ります。

被災した祖父母の暮らしを再建するために、東京の故郷を離れて兵庫県西宮市へ。多くの大切ないのちやものが一瞬で失われてしまったその町で、のこる跡や手向けられた花からその輪郭を見つめて育ったこと。震災で生きのびた家族も、数年後病に倒れて寝たきりになってしまったこと。

さまざま経験の「そのあと」を生きる人と、どうやってともに生きることができるのだろう?そんな切実な問いの答えを探して、関西学院大学 社会学部社会福祉学科 (現 人間福祉学部)へ進学しました。

大学では、死も含めた生きることを考える「死生学」や、声にならない想いを視覚化しながら共有して想いを社会に届けてゆく「参加型アプローチ」(卒業後は、フォトボイスなどの「参加型アクションリサーチ」)について、2人の恩師から学びました。

「大切なもの」を見つめることからはじまるもの。「想いを視覚化」することからはじまるもの。大学での学びが、「大切な記憶」を見つめることにつながっています。

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そんな想いや学びが「手製本」というかたちに落ち着いたのは、今から4年前の2014年。29歳で絨毛がんという希少がんになり、妊娠、流産、手術、抗がん剤治療を経験したことでした。

わたしの絨毛がんは、妊娠というたったひとつの出来事から生まれたものです。育むはずだったいのちの種ががんになり、あっという間に体中を蝕みました。抗がん剤の副作用で吐き続けた空っぽの体と、自分も自信も見失った空っぽの心で何もできない状態のままベッドに沈んでいました。

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生と死がオセロのようにひっくり返りながら、産婦人科という空間で治療を受け続ける日々。見えるものや聴こえるもののすべてが、体の中で小さないのちを亡くしてそのままがんの治療という深淵に沈んでいった心に刺さります。

そんなわたしを唯一護ってくれたのが、耳を塞ぐためにつけていたイヤフォンから流れる音楽たちでした。元気だった頃に聴いていた「大切な記憶」が宿る音楽は、何もかも失ってしまったような孤独の中で見失いかけた自分を見いだし、踏ん張る力をくれました。

治療後、霧の中のような日々のみちしるべになったのも、音楽でした。心の奥に沈んだごちゃごちゃの感情や記憶を、歌を頼りに一つずつ掬い上げて、ことばにして見つめなおし、本に綴じてゆく日々。歌詞ということばは、製本という術は、わたしの心のみちしるべでした。

それからはただただ今日を生きるために、本を綴じ続けました。アトリエ用の小さな手製本も含めると、おそらくこの5年で400冊以上は綴じています。

そのうちに「この記憶も綴じて欲しい」と声をかけられるようにもなり「掌の記憶」という豆本のかたちで、記憶を預かり綴じて贈るようにもなりました。

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本を綴じはじめて3年が過ぎた頃には、がんを経験されたご本人やご家族のサポートをする医療者の方から「こんな手製本がつくれる場をひらきたい」そんなご依頼もいただくようになり「記憶のアトリエ」という本づくりの移動アトリエもひらくようになりました。

アトリエは、病院や福祉施設の専門職のみなさんとひらくようにしています。わたしはただ、本と本づくりの道具をトランクに詰め込んで伺うだけ。がんの治療に力を入れる病院に隣接した場所、地域の小さな小屋やご家族のお家、看護や福祉を学ぶ大学の先生にお声がけいただき大学で学生のみなさんと一緒にひらくこともあります。

そんな風に本との日々を積み重ね、気付けばがんの治療から5年の節目が近づいてきました。



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5年経った今感じるのは「そのあと」を生きてゆく、ということです。

何かの理由で突然に何かを失ったそのあとを、大切な人を失ったそのあとを生きてゆかなければいけない。わたしにとってそのあとを生きる助けになったものは、どんなものだったのだろう?

今までZINE(手製本)というかたちでささやかに続けてきた「ことば」との営みを、見つめなおしてもう少しひらきながら考え続けてみようか。そんな想いからnoteという場で、「掬(きく)することば」- kiku suru kotoba – というかたちで、もう一度「ことば」を丁寧に掬い上げ、見つめなおし、置いていくことにしました。

きくする【掬する】
1 両手で水などをすくいとる。
2 気持ちをくみとる。推し量って理解する。
3 手にすくいとって味わいたいと思う。(デジタル大辞泉)

「掬する」という美しい響きの力も借りながら、静かに、丁寧に、そっと積み重ねていきたいと思います。


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読んでくださりありがとうございます。この文章が何かを「交わす」きっかけになるとうれしいです。

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ZINE作家。“大切な記憶”を小さな手製本に綴じています。 本づくりの移動アトリエ「記憶のアトリエ」/2冊の豆本で記憶を繋ぐ「掌の記憶」/ 「まなざしを綴じる」(教養と看護) / 希少がん(絨毛がん)経験者 / 社会福祉学科卒業 https://michi-siruve.com/