1-10ガラス窓の向こう

「ガラス窓の向こう」#掬することば

※2月4日の「World Cancer Day」に向けて。豆本詩集『汀の虹』の詩を、noteに1日1篇ずつ置いています。
10篇目は一.深淵の「ガラス窓の向こう」です。

Flowers 「デルフィニューム」(2017.4 花店note)

入院中、病室のベッドは窓から遠くて。ろくに動けなかった頃の記憶は、カーテンと天井の景色だけ。ようやく歩けるようになり、病棟の真ん中にあるデイルームと呼ばれる談話室まで出て窓の外を眺めると、太陽の塔の背中がうんと遠くに小さく見えていました。

背中に描かれているのは、過去の象徴だという黒い太陽。それすら、もううんと遠くて。雨の降る朝、ガラス窓1枚の薄い隔たりが「もう向こう側には戻ることができないんじゃないか」というほど分厚く感じて、少し前までの日常が彼方にいってしまったような感覚でした。

退院して通院治療に切り替わった頃には、いっそう副作用が強くなり。5日間連続の投薬期間は、ひたすら吐き気と嘔吐に耐える日々。

決して近くはない病院まで、自分の足で公共交通期間を利用するなんてとても無理な状態で。嘔吐に備えて袋を片手に家族の車やタクシーになだれ込み、なるべく体を刺激しないよう、心も感覚もできる限りオフにして、ひたすら耐えていました。

車窓の向こうにぼんやりと見えた桜が散り、新緑も深まり。ようやく「寛解」の二文字を受け取った頃には、冬は去り、春も通りすぎ、夏に差し掛かっていました。


最後の治療の前後だったか。リビングのソファにへりゃがりながら窓の向こうに目をやると、巣立ちに向けて一生懸命な燕の雛たちが、音符のように並んでいて。あっちへ飛んでは止まり、こっちへ飛んでは止まり。親燕らしき影も一緒に、真っ青な空に音を奏でていました。

その時ふと、学生の頃に夫から教えてもらった歌が頭に流れて。あの頃は何も考えずに呑気に歌えていたなぁと懐かしく思いながら、心の中でその歌を聴いていました。

今でも夏の青空を、そして巣立とうとする燕の雛たちを見ると、もう一度生き直す力をもらったあの日のことを思い出します。

まど【窓】
1 部屋の採光・通風などのために壁や屋根の一部にあけてある穴。ガラスや障子などで外界と仕切る。
2 山稜 (さんりょう) の一部が深いV字形に切れ込んで低くなった所。越中でいう。きれっと。
3 株式などのチャートで、連続する蝋燭足の値幅が重ならずに空いた、価格の隙間。急騰・急落の局面で現れる。
(デジタル大辞泉)
むこう【向こう】
1 正面。前方。また、前方の比較的離れた場所。「向こうに見える山」「向こうにいる人を手招きする」
2㋐物を隔てた、あちらの方。
㋑距離を隔てた、あちらの方。目的とする地や、外国など。
3 相手。先方。
4 今後。これから先。
5㋐向こう正面2のこと。
㋑「向こう桟敷 (さじき) 」の略。
㋒歌舞伎劇場で、花道への出入り口。
(デジタル大辞泉)
『汀の虹』のみちしるべ 
『汀の虹』は、がんによる孤独の中で握りしめていた“ことばの欠片”を道標に制作しています。握りしめていた“ことばの欠片”の大半は、それまでの人生で大切な人から贈られたことばや、何度も触れた本や音楽、映画のことばでした。

そこからことばをひとつ手にとってはタイトルとして置き、心の奥に沈んだ治療前後の記憶を一つずつ掬い上げ、重ね綴っています。この本や歌、映画の中にあることばや情景をみちしるべにしていたような…という作品のタイトルだけ、最後に添えていきます。(以下、敬称略)

「ガラス窓の向こう」
コブクロ『million films』 

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ZINE作家。“大切な記憶”を小さな手製本に綴じています。「記憶のアトリエ」/ 連載「まなざしを綴じる」(日本看護協会出版会) / 希少がん(絨毛がん)経験者 #AYA世代 #zinester https://michi-siruve.com/
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