2-7そっと置く

「そっと置く」#掬することば

※2月4日の「World Cancer Day」に向けて、豆本詩集『汀の虹』の詩を、noteに1日1篇ずつ置いています。
17篇目は「そっと置く」です。

Flowers 「ラベンダー」×「フィンランドモス」(2016.9 花店note)

「そっと置く」

5年間「大切な記憶」をテーマにZINE制作を続ける中で、今一番大切にしていることばかもしれません。

そもそも、5年前ZINEの制作をはじめた頃は「のこす」「つなぐ」ということばが制作の軸にありました。

それは、阪神・淡路大震災後間もない町で育ち、またそのあとに起きたさまざまな災害や祖父の死を経験しながら考えてきたという私的な背景が強く影響していて。失うというかなしみ、そして失うことで儚く消えてしまうものに対して、自分ができることはのこすことだという気持ちが強かったのだと思います。

そんな「のこしたい」という想いから、michi-siruveという屋号で初めて制作したのは『母のまなざし』というZINEでした。

「Photoback Award」というフォトブックのコンテストのテーマだった「わたしのとっておき」ということばに感じるものがあり、母が長年撮りためてアルバムにおさめてプレゼントしてくれた家族のフィルム写真を娘の視点で再編集して、子育て30年の節目に母に贈りかえすというZINEにして応募しました。

審査員は写真家の浅田政志さん、文筆家の甲斐みのりさん、エッセイストの柳沢小実さん、編集者の山村光春さんという4名。全員一致で「 母と娘の記憶の交わしあい」として制作したこのZINEを選んでくださったそうです。

『母のまなざし』自体、表向きは母へ贈るために制作したものですが、動機自体はその5年前に他界した祖父への後悔からでした。

「元気なうちに、もっと交わしあってのこせばよかった」決して消えることのない後悔が、節目に節目に贈るひとつのかたちとして『母のまなざし』になりました。かなしみを思いやりで包んで、ZINEというかたちにして置くまでに、5年がかかったのです。

写真家でもないひとりの母が撮りためた家族写真を、ZINEに綴じてそっと置く。わたしたち家族のことをまったく知らない人が手にとって、それぞれの心の中にある大切なものを重ねて何かを感じてくれている。 個人的な切実さが、他者の心の中にある切実さとも響きあう可能性もある。審査員の方々からの一言ひとことが、「記憶」ということばの力を信じる拠り所になりました。

その後間もなくがんの治療がはじまり、受賞の嬉しさを味わう間もありませんでしたが。この受賞があったからこそ、がんが寛解してから「記憶を綴じる」という試みを、生きている限りは続けようと再開することができたのだと思います。

がんが寛解したとき、わたしは2つの喪失を抱えていました。祖母の死と絨毛がん。つまりは、大切な家族を見送ることができなかったかなしみ、大切ないのちを育み産むことができなかったかなしみです。

いつ再発するかわからないという状況で、一番にとりかかったのは『かぞくのことば』というZINE。治療中に家族がしてくれたこと、くれたことばに、患者として心の中で感じていた気持ちを添えてZINEに綴じ、贈ったものでした。

このZINEは、寛解直後の2015年7月に制作した初版と、その数ヶ月後に少し手を加えた2刷りがあります。初版では、祖母の死については触れることもできませんでした。

2刷りでも、自分ががんによる大出血で倒れて搬送された日に祖母が他界したという事実と、祖母への感謝の気持ちが精一杯。かなしいなんてことばにできませんでした。

流産のかなしみに至っては、2刷りでもことばにすることができませんでした。「こんなやりきれない病があるなんて」その一行が精一杯でした。

かなしい、くるしい、つらい出来事。その経験を、自分の気持ちをことばにして置くまで、随分時間がかかっています。本当に「かなしい」とことばにして、適切なかたちで「置く」ことができるようになるには時間が必要。そのことに気づいたのは、もっともっと後のことでした。

それから2年ほどは「自分の記憶」ではなく「他者の記憶」を預り、綴じて贈るという活動を無心に続けていました。

最初に綴じた他者の記憶は、祖母の記憶。わたしのために、家族が捨てずに置いてくれていた祖母の遺品を撮影し、家族の記憶をことばにして添えました。『otomo.』というZINE。ここからは手製本、つまりは「自分の手で綴じる」という制作にかわりました。

その後制作をはじめたのが「掌の記憶」。依頼者の暮らす町へ赴き「大切な記憶」を預り、豆本に綴じて贈るというプロジェクトです。

「わたしの家族の記憶も綴じてほしい」というご依頼をいただいたことがきっかにけではじめたものですが、その奥には「“産む”ことがかわなかったつらさ」に対して「何か次の世代につなぐものを“生みたい”」という個人的な動機もありました。

せめて「記憶」をのこすことくらいできなければ、生きることも許されないんだとばかりの「切実さ」が滲み出ていたと思います。

冷静になった今振り返ると、わたしの抱えているその切実さに触れて、わたしのために記憶を預けてくださった方々も少なからずいらっしゃったと思います。 そのことについては語りきれませんが、当時のわたしと関わってくださったみなさんには、感謝しかありません。

今振り返ると、ひとりの流産、がん経験者としては「預かって綴じて贈る」という行為は、自分の心の整理がつかないというくるしさから目を逸らすには良い営みだったように思います。

1冊綴じるごとに「“産む”ことができなかった自分でも、他者とのかかわりの中で“生む”ことはできている」という小さな実感があり、それが今日を生きる力になっていました。

「掌の記憶」自体は、今もライフワークとして続けている大切な活動です。

でも、心の奥に沈めたままのかなしみを振りきるように遠くの町へと旅を続けていると、心も体も限界になっていました。

そんな2016年の秋の終わり。縁あって訪れた富山の音川という集落で、こんなことばをかけてくれた人がいました。

「ほんとうは、自分のことなんじゃないかな?」

最初は、何か心の真ん中を突かれたような気持ちでした。それまで出会ってきた人からは「がんの経験から記憶を綴じる活動を続けている」と説明すると、こちら側までぐっと入り込むようなようなことばをかけられることはありませんでした。

皆、わたし心の輪郭を探り、そのかなり外側をなでるようなやさしいことばを置く。でもその人は、わたしの声に耳を傾け、奥の奥までしっかりと見つめて生きたことばを届けてくれた。そのことに気づくには、その後しばらく時間が必要でした。

ほんとうに綴じたいのは。見つめなおして、整理したいのは。本に綴じて、自分の目の前、そして他者とのあいだに置く必要があるものは。

流産とがんによる深い喪失、そこから滲み続けているかなしみやくるしみなんだと。

「自分のこと、置いてみよう」

そうして制作したのが『ココロイシ』というZINEでした。1年半、海辺を訪れては拾い続けていたハートのかたちをした石一粒一粒の表と裏を撮影し、 一粒ずつ本のページにおさめて、石から思い浮かぶ「心の記憶」をひとつずつ綴じてゆく。

それを石とともに置いて、展示をひらきました。 はじめて置いた、心の軌跡。置くことで「整理がつく」ものもあれば、置くことで「他者と交わす」ことができるものもある。

思いやりで包んで、そっと置く。それさえ忘れなければ、経験や記憶をひらく意味はある。そんなことを実感しました。

「そっと置く」それは、この5年間の交わしあいの中で教わった、思いやりのひとつのかたちなのかもしれません。

最後に添えた歌は、歌を「置く」という表現に初めて出会った歌です。この歌を聴くと「置く」ということばの持つ確かさのようなものを、わたしは感じます。


そっと
1 音を立てないように物事をするさま。静かに。
2 他人に気づかれないように物事をするさま。こっそり。ひそかに。
3 干渉しないで、静かにしておくさま。
4 少し。ちょっと。
(デジタル大辞泉)
おく【置く】
1 人や物をある位置・場所にとどめる。
㋐そこに位置させる。
㋑ある状態にすえる。
㋒心をそこにとどめる。
2 人をある立場につかせる。
㋐雇う。抱える。
㋑同居させる。
3 ある場所に残す。残しとどめる。
4 新たに設ける。設置する。
5 時間的、空間的に間を隔てる。
6 その状態を続けさせる。そのままにする。
7 預け入れる。差し出す。
8 算木などの用具の位置を決めて、計算する。占いをする。
9 蒔絵 (まきえ) や箔 (はく) を施しつける。
10 相手に対して心を配る。気がねをする。
11 露・霜などが降りる。
12 ㋐今後の用意のために、あらかじめ…する。
㋑その状態を続けさせる。そのままにする。
(デジタル大辞泉)
『汀の虹』のみちしるべ 
『汀の虹』は、がんによる孤独の中で握りしめていた“ことばの欠片”を道標に制作しています。握りしめていた“ことばの欠片”の大半は、それまでの人生で大切な人から贈られたことばや、何度も触れた本や音楽、映画のことばでした。

そこからことばをひとつ手にとってはタイトルとして置き、心の奥に沈んだ治療前後の記憶を一つずつ掬い上げ、重ね綴っています。この本や歌、映画の中にあることばや情景をみちしるべにしていたような…という作品のタイトルだけ、最後に添えていきます。(以下、敬称略)

「そっと置く」
BUMP OF CHICKEN『花の名』

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ZINE作家。“大切な記憶”を小さな手製本に綴じています。「記憶のアトリエ」/ 連載「まなざしを綴じる」(日本看護協会出版会) / 希少がん(絨毛がん)経験者 #AYA世代 #zinester https://michi-siruve.com/
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