2-1海霧

「海霧」#掬することば

※2月4日の「World Cancer Day」に向けて、豆本詩集『汀の虹』の詩を、noteに1日1篇ずつ置いています。
11篇目は「海霧」です。

Flowers 「アジサイ」×「リューカデンドロン」(2017.4 花店note)

昨日までの10篇は「一.深淵」におさめた治療中の日々の記憶でした。

そして今日からの8篇が「二.海霧」。寛解ということばを受け取ったもののくるしみ続けていた、寛解後間もなくから2年半までの記憶です。

断片的ではあるものの、治療中の記憶は「あとから辿ることのできることば」がたくさんのこっていました。その大半は、体に起こっていることを主治医に伝えるために記していた「基礎体温表」と、自分で項目を足してつくった「体調管理表」に記していたメモ。朝昼晩何をどのくらい食べることができた、できなかった。体重、体温、嘔吐のはじまる時間帯や回数。痛みの部位や感じ方、脱毛や口内炎の程度など、大半は数字と単語の羅列です。

体調管理表を記しはじめたのは、罹患から治療へのあまりの急展開に、心も体も頭もついていかなかったからでした。記さなければ、覚えておくことができない。診察室の僅かな時間で、主治医に必要な事実を伝えることができるように、いつもベッド脇に置いて、何か起きる度に記していました。

主治医から説明を受けた病状などを伝えるために、家族や友人と交わしていたメッセージ、時折友人から受け取っていた手紙もまた、心の足あとを辿る助けになりました。そこに綴られたことは、必ずしも「ほんとうの気持ち」ではありません。でも、残されたことばを読めば、そのことばを綴った当時の心境や状況は、ぼんやりと、時にはっきりと浮かび上がってきました。

そのことばの欠片が道標となり、きちんと「●年●月●日の自分」を手繰り寄せるかとができたのが、治療中の記憶でした。『汀の虹』の前に制作した『ココロイシ』で綴った記憶の大半は「深淵」にあたる時期の記憶はことばです。

でも、治療後から2年半。つまりは『ココロイシ』を制作展示するまでにあたる「海霧」の期間は、自分の心や体について書き綴った私的なものがほとんど残っていません。

その期間「ことばを失っていた」わけではなく、心身のリハビリや心配をかけた御礼のために時々人に会ったり、SNSでも制作していたZINEのことなどを投稿したりしています。取材旅にも出たり、ZINEの展示もしていました。

でも、治療中の時のように「自分の心とからだの状態を伝える」ために記していたものがほとんどないのです。

「治療」というフィールドを離れて「伝える義務のある相手がいなくなった」ということが一番大きいのですが。今思うと、自分の心も体も失い、見失ったという状態と「おめでとう」「本当によかった」という周囲からの声のギャップにくるしむ自分の心を、ことばにする術見失っていたからなのだと思います。

あとから記憶を振り返ろうとした時、治療中の記憶のように、途切れ途切れでも時間のしるしがついたことばの道標が残っていれば、その期間はきちんと「空間」として認識することができました。

でも、道標となることば、そして日時という時間のしるしを失うと、その空間自体が認識できないのです。空間が潰れてしまって、その間の自分の足あとがほとんど見えない。だからいつまで経っても、治療中の記憶に引きずり戻されてしまったり、積み重ねができなかったり、堂々巡りしてしまったり。その繰り返しでした。

一言にすると「見失っていた」という状態。それは真っ暗闇というよりは濃い霧の中にいるような感覚でした。その最中に感じていたというよりは、2年半経って振り返った時にやっと「霧の中だったんだ」と気づいたという感覚です。

そんな状態だったこの「海霧」の期間をことばにすることは、とても難しいことでした。

でも、残された記憶の欠片を拾い集めて冷静に見つめなおすと、そのことばを失っていた期間も、もがきさ迷いながら、家族や友人、生まれ故郷の桜の老樹、新潟の海岸など、さまざまな人や景色と声やまなざしを交わしていました。

それらをもう一度、ことばの道標として置きなおすことで、時間のしるしを、そして在ったはずの空間を広げなおしたこの作業は、わたしにとって必要な行為だったと感じています。

うみぎり【海霧】
海に発生する霧。移流霧の一種。蒸気霧のこともある。《季 夏》
(デジタル大辞泉)
『汀の虹』のみちしるべ 
『汀の虹』は、がんによる孤独の中で握りしめていた“ことばの欠片”を道標に制作しています。握りしめていた“ことばの欠片”の大半は、それまでの人生で大切な人から贈られたことばや、何度も触れた本や音楽、映画のことばでした。

そこからことばをひとつ手にとってはタイトルとして置き、心の奥に沈んだ治療前後の記憶を一つずつ掬い上げ、重ね綴っています。この本や歌、映画の中にあることばや情景をみちしるべにしていたような…という作品のタイトルだけ、最後に添えていきます。(以下、敬称略)

「海霧」
アンドレイ・タルコフスキー『ノスタルジア』

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ZINE作家。“大切な記憶”を小さな手製本に綴じています。「記憶のアトリエ」/ 連載「まなざしを綴じる」(日本看護協会出版会) / 希少がん(絨毛がん)経験者 #AYA世代 #zinester https://michi-siruve.com/
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