2-8響き

「響き」#掬することば

※2月4日の「World Cancer Day」に向けて、豆本詩集『汀の虹』の詩を、noteに1日1篇ずつ置いています。
18篇目は「響き」です。

Flowers 「コットンブッシュ」×「カスミソウ」(2017.3 花店note)

「響き」それは、流産とがんのつらさにより失っていた、一番大きなものでした。

5年が経った今、こうして改めて記憶を辿りながらことばにする中で初めて気づいたことでもあります。

響きを失ってしまったのは「隔たり」で触れた、掻爬手術を受けた処置室での体験でした。手術を待っていた処置室で聴いた、壁ひとつ隔てた分娩室から響いた産声。

壁のこちら側とあちら側で、すべてが違う。ひとりでそのことを受けとめるのが、ことばにできないくらいつらくて。灰色の処置室で虹色の声を聴きながら、涙が一筋溢れた時「これ以上感情的になってはいけない」と、何か一番大事な感覚の糸をぷっつり切ったのだと思います。

全身麻酔もあり確かな記憶とは言えませんが、手術前後で涙を流したのは、その一筋だけ。手術後、はっきりと意識が戻った頃には別の部屋のカーテンの中にいて、薬を飲むためにと出されたワッフルと紅茶を空っぽのお腹に流し込んだ記憶があります。

そのときも、カーテンの向こう側で妊婦さんが助産師さんに何か相談事をしていて。その声もまた虹色の聴こえました。

ベッドを訪れた家族に伝えたのは「ワッフルが美味しかった」の一言でした。その時にはもう、感覚というものをどこかに忘れてきてしまったのだと思います。

それでも聴覚が与える影響というものは、どうしようもなく強くて。その後の診察やまちなかで赤ちゃんの泣き声や親子の囁きが耳に飛び込んでくると、喪失の渦に引き戻されます。

そこからはひたすら、ウォークマンで耳を塞ぐ日々。その後がんで入院していた時も。抗がん剤の副作用による吐き気で音楽すら聞けなくなっても、イヤフォンだけはつけて耳を塞いでいました。

耳を塞いで、心も空っぽでぐしゃんと潰れて。そうなると、心も体も動かす気力がなくなりました。必要なことばを交わす“会話”はできても、心を交わす“対話”は難しくなりました。

響き、つまりは響きあうという感覚を失った時間がもたらしたものが「孤独」でした。


その、響きを失った孤独な心をそっと包んでくれたのは、果てしなく淡々と続く雨の音や波の音でした。

でもそれだけでは、孤独から抜け出すことはできなくて。小さな殻に閉じこもったような孤独の殻の中で、耳を塞いだイヤフォンから流れる「元気だった頃に聴いていた歌」に力をもらい、潰れた心を少しずつ押し広げて「響かせる」空間を取り戻していって。

その響きに、殻の外で耳を澄ませてくれていた夫の存在があって、またひとつの音を、歌を「一緒に聴く」という行為を取り戻していって。

その夫が手渡してくれたあたらしい歌や、手を引いて連れ出してくれたライブ会場で、その響きを心も体に受けて。

そんな行為の積み重ねで、少しずつまた「響きあう」ということを取り戻していったように思います。

何だかことばにすると薄っぺらくなってしまいましたが、そのために一体どれだけの歌を聴いたことか。本でも、映画でも、それは難しかった。

それは10~20代の多感な時期を、CDやTVやラジオで同じ歌を聴いては、あれこれ交わしあって過ごしてきた「J-POP世代だから」ということもあるし、同じ時代を生きてきた同級生の夫だったからということもあるかもしれません。

そんな風に歌と生きてきたからこそ、歌の響きに救われ、もう一度「響きあう」ことを取り戻すことができたのだと思います。

最後に添えている映画は、ほとんど台詞のない映画。降り続ける雨の音に包まれたくなった時は、その暗がりに身を投げ出しました。

添えている歌は、どれも誰かと聴く響きや響きあうことを思い出させてくれた、本当に大切な歌です。

ひびき【響き】
1 音が広がり伝わること。また、その音。
2 ものに反射して聞こえる音や声。反響。
3 余韻。残響。また、耳に受ける音や声の感じ。
4 振動。
5 他に反応・変化を生じさせること。影響。
6 世間の評判。
7 連句の付合 (つけあい) 手法の一。前句と付句との間に切迫・緊張した気分の呼応を感じさせる付け方。特に、蕉風で用いられた。
(デジタル大辞泉)
『汀の虹』のみちしるべ 
『汀の虹』は、がんによる孤独の中で握りしめていた“ことばの欠片”を道標に制作しています。握りしめていた“ことばの欠片”の大半は、それまでの人生で大切な人から贈られたことばや、何度も触れた本や音楽、映画のことばでした。

そこからことばをひとつ手にとってはタイトルとして置き、心の奥に沈んだ治療前後の記憶を一つずつ掬い上げ、重ね綴っています。この本や歌、映画の中にあることばや情景をみちしるべにしていたような…という作品のタイトルだけ、最後に添えていきます。(以下、敬称略)

「響き」
ツァイ・ミンリャン『楽日』
BUMP OF CHICKEN『メロディーフラッグ』
Mr.Children『口笛』『ひびき』

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ZINE作家。“大切な記憶”を小さな手製本に綴じています。「記憶のアトリエ」/ 連載「まなざしを綴じる」(日本看護協会出版会) / 希少がん(絨毛がん)経験者 #AYA世代 #zinester https://michi-siruve.com/
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