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【書評】ボブ・ディラン『The Lyrics 1961-1973』

ボブ・ディラン『The Lyrics 1961-1973』(佐藤良明訳、岩波書店、2020)

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※英詩の立場から具体例を詳述した〈[英詩]ボブ・ディラン『The Lyrics 1961-1973』〉とは別の文章です。

アルバム《ボブ・ディラン》(1962)から《プラネット・ウェイヴズ》(1974)までの自作詞全200篇を対訳で収録した本。それ以降のアルバムは『The Lyrics 1974-2012』に収められている。前半が「赤本」、後半が「青本」と呼ばれる。

佐藤良明訳は、分かち書きされた散文詩のように読めてしまう。

これは長所でもあり短所でもある。

つなげて読めば散文のようにすらすら読めるので、分りやすい。これは長所だ。

ただし、あまりに散文的でポエジーにとぼしい。これは短所だ。もっとも、訳の語呂がよい点は詩的といえるかもしれない。

以上は曲によってもちがう。訳者が重点を置くところを曲によって変えている可能性はある。

最大の長所として、手にとって読みやすいことを挙げたい。本書は重さを測ってみると約800gだ。大きさはA5で、同じページに訳詞と原詞が載っているので見やすい。

対して、原書のほうは重さが約2kg。とても片手で持って読むというわけにいかない。大きさは26x21x5cmで、長い行でも折返さずに読めるのはよいけれど、良い点はそれくらいだ。本書のように手頃な大きさの2巻本にしたのはよかった。

本書には訳者あとがきがないが、発行元のウェブサイトに訳者からのメッセージが載っている。そこに興味深いことが書いてある。

アルバムに収録されていない曲が「追加収録」作品として収められているのだが、それらは「けっしてマイナーな作品」ではないと訳者はいう。それどころか、「なかには、その時期の最高傑作の一つと評価されているような作品」もあると。具体例は後編(青本)に収めた次の作品だという。

「金の織機」'Golden Loom'
「カリブの風」'Caribbean Wind'
「アンジェリーナ」'Angelina'
「ブラインド・ウィリー・マクテル」'Blind Willie McTell'
「夢のシリーズ」'Series of Dreams'
「レッドリバーの岸辺」'Red River Shore'
「碧き山を渡り」''Cross the Green Mountain'
「きみから逃れられない」'Can't Escape from You'

それほどの傑作なら何故アルバムに収めなかったのかと思ってしまうが、これがディランなのだ。どこに傑作が埋もれているか分らない宝探しのような楽しみがある。

前編(赤本)の時期にもそういう作品がある。例えば、'I'm Not There' がそうだ。おそらくディランの最高傑作ではないかと思うが、この作品は本書にも原書にも収められていない。それどころが、正確なテクストさえ、まだ定説がない。本書が参考にしたクリントン・ヘイリンの研究書にも詳述されているが、謎が多い。

これだけではない。歌詞の形ではなく、詩の形で発表されている詩もあるが、それらも本書には収められていない。

さらに、収められている歌詞にしても変化を続けているものもある。

また、ここに収められた歌詞が完全であるというわけでもない。訳者のメッセージには、本書の底本 ('The Lyrics 1961-2012', 2016) に定冠詞がついていることから、その原書を見て「これぞ決定版!」と思ったと書いてある。

ところが、定冠詞のついた本はもう一冊ある ('The Lyrics.', 2014)。こちらは定冠詞だけでなくピリオドまでついている。異版も収め、実際に唄っている歌詞を収録したこれこそ、決定版に近いものだと思う。

#書評 #ボブディラン #訳詞

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