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[書評]クリスマスの小屋

ルース・ソーヤー 再話、上條 由美子 訳、岸野 衣里子 画『クリスマスの小屋 アイルランドの妖精のおはなし』(福音館書店、2020)

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自分の小屋を持ちたいと願い続けた女性がホワイト・クリスマスに——

百年前、アイルランド北部のドニゴールでの話。ある日、ホガティ夫婦の小屋の戸口に、生まれたばかりの赤ん坊が置かれていた。とおりすぎた鋳掛屋のむれがたまたまそこへ置いていった赤ん坊だった。鍋を直したり、羊の毛を刈ったりしながら旅する暮らしには子供が多すぎたのである。

ところが夫婦にはすでに子供がたくさんおり、もうひとり子供をかかえこむ気はなかった。でも、二人はちいさな赤ん坊を死なせるような心の持ち主でもなかった。

そこで、かみさんのブリジットは、その赤ん坊を我が子と一緒に育てた。赤ん坊は女の子で、オーナと名づけられた。オーナはやがて、そのあたりで一番美しく、一番気立てのやさしい娘になった。

針仕事も上手で、声も美しいオーナ。おいしいスコーンやスープやジャムも作る。それなのに、だれもオーナと結婚してくれない。流れ者の鋳掛屋の娘だからだ。

若い時からオーナにはひとつの夢があった。老人をやさしく世話してやれば、だれかがいつかオーナに小屋を遺してくれるのではないかという夢だ。

だが、ブリジットは死の前に、小屋は息子のマイケルにやることにすると言った。オーナはリネンをもらって出て行く。

こうしてオーナは小屋を転々としながら生計を立ててゆく。だれも結婚してくれない。再婚相手としてでさえも。

オーナが小屋での働きを終えて去るたびに、家の人たちは必ず何かを持たせてやった。オーナが選んだのは、〈安らぎのある、明るい夢の家庭でつかうものばかりだった〉。

時が経ち、オーナは老いてだんだん小さくなっていく。持ち物の包みはどんどん大きくなった。

アイルランドを大凶作がおそったとき、オーナはマクマナスの小屋にいた。人間の食べ物がなく、牛や羊にやる餌もなくなった。ひもじい子供たちは一日中、泣き続ける。オーナが自分の働きで得たわずかな食べ物を子供たちがじっと見ている。

オーナはついに子供たちの泣き声に耐えられなくなり、持ち物を包んで立ち去る。ちょうどクリスマス・イヴの夜だった。

オーナはキリーベグスの海へつづく街道を行く。通りかかる村のどの小屋もオーナが住んで働いたところだ。一軒、一軒、通りすぎながら、オーナは〈村人たちに心のなかで別れをつげ、彼らに神のご加護があるようにいのった〉。

雪がすこし降っている。道は急なのぼりになってゆく。

やがて、オーナは沼地にやってきた。そのふちに生えているブラックソーンの茂みの下にかくれ場所を見つけ、腰をおろす。「ここがいい」とオーナは言った。

ずっと、ここが気になっていた。いつか、この土地をぜんぶ手にいれ、丘にのぼって、このしげみの下にすわり、海からの風をたのしみ、海にしずむ太陽をながめ、海のうえにかがやく星を見つめたいと思っていた。もしかしたら、妖精の笛の音をきけるかもしれないって思ったりしてね。長いあいだ、ずっとそういいつづけていたのに、あたしはここまできたことはなかったねえ。そりゃ、まるまる一日、自分のためにつかえる時間なんてなかったものねえ、あたしには

ここまでが物語の前半である。雪の降る中、そんなところで眠ってしまったら、クリスマスの朝はむかえられないだろうと読者は思う。

アイルランドの冬に似つかわしく、暗い。とても暗い話だ。

こんなに可哀想な運命があってよいのだろうかと読者が思い始めたそのとき、いったい何が起こるのか。それとも何も起きないのか。

原作は Ruth Sawyer, 'The Wee Christmas Cabin of Carn-na-Ween' (1941). 作者は米国のボストン生まれだが、アイルランド出身の乳母から昔話をたっぷり聞いて育った。この話は、作者がアイルランドを旅したときに出会った話のひとつ。

訳文は読みやすく、味わい深い。聞き手の心にしみこむような語りの特徴がよく出ている。イラストレーションはアイルランドの風景を呼び起こす素晴らしいタッチで、想像力をかきたてる。

#書評 #アイルランド #昔話 #民話

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