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手作りの勲章

「この曲って先輩のお仕事みたいですよね」


大学時代から付き合いがある後輩友人が言ってくれたセリフ。彼女にとっては何気ない一言だったに違いないが、私はその言葉を10年以上経ってもお守りのように持ち続けている。

"この曲" のタイトルは「彩り」という。ミスチルの13枚目アルバム『HOME』に収録されているリード曲だ。

僕のした単純作業が
この世界を回り回って
まだ出会ったこともない人の
笑い声を作ってゆく

そんな些細な生き甲斐が
日常に彩りを加える
モノクロの僕の毎日に
少ないけど 赤 黄色 緑

(彩り/Mr. Children)


憧れて飛び込んだ情報誌の仕事は想像よりも地味な作業が多く、一方でプレッシャーは半端なく大きかった。

紙で発行される以上ミスは絶対に許されない。
一枚の写真に、一行の文章に、一片の色味に、時間をかけてこだわる。

こだわれるうちはまだ良かった。組織の方針が生産性を追い求める方向に切り替えられてからは妥協せざるをえない場面も多く、私にはそのほうが辛かった。

残業して企画書を作るのはいつのまにか編集会議や広告プレゼンを通すのが目的になっていた。
目先の仕事をやりこなすだけで毎日が過ぎていく。
割と真面目なんだ。すこしでも期待に応えられるように。目の前にいる人をがっかりさせないように。

あれ、私は誰のために仕事をしているんだっけ。


「まだ出会ったこともない人の笑い声を作ってゆく」


そんな日々の中、彼女の言葉とその歌は私に仕事への誇りを思い出させてくれた。

毎月消費される情報誌だって立派な作品だ。完成までの道のりは数ヶ月と長い。越えなければならない山もあれば、うっかり落っこちそうな谷もある。ときには叱責も罵倒も受ける。自尊心が削がれることもある。

けれど、その先にきっと待ってくれている人がいる。ならば私は進み続けるとしよう。誰のためかはわからないけれど、誰かのために。


先日、短編小説の公募ページを読んでいた。
入賞者の作品がきらびやかに掲載される一段下、無機質に並ぶ最終選考に残った作品たち。

PDF化された小説に一つずつ目を通していく中で、とても好きな文章に出会った。その作品だけは最後まで余さず読んだ。リンク先を保存して何度も読み返している。
入賞作品ではないのだから、書き手さんもこんなに熱量高く読んでいる人がいるなんて想像していないだろう。

彼女の小説が誰のために書かれたのかはわからない。ご自身のためかもしれないし、大切な人のためかもしれない。私はその他、名もなき「誰か」だ。

あの頃にやっていた仕事も。いま書いているものだって。回り回って誰かのもとに届く。それは思いもよらぬ形で。


私の仕事は相変わらず黒子である。コツコツ、コツコツ。いまの担当は、作られたもの、書かれたものを丁寧に補修する作業。そのコンテンツが表に出ても、私が関わった事実を知るのは数人だけ。

月次のミーティングで担当者がいつも最後に言ってくれる。
「先月もありがとうございました。おかげさまで順調です。引き続きよろしくお願いします」。

私はそれを小さな勲章に変える。
これからも、こうやって生きていく。誇りを見失ったり取り戻したりしながら。

そしてときどき、ほんの一瞬ぐらいは色鮮やかな布を纏えたらいいなと思う。私に似合う色を探して。黒子だからこそ、着飾ったときに、そのコントラストは美しさを生むはずだと信じていたい。

最後まで読んでいただいてありがとうございます。これからも仲良くしてもらえると嬉しいです。