見出し画像

眠れない夜の隙間に聴きたい、the HIATUSの音楽

駆け抜ける日々の中では後悔さえも消え入りやすい。日常はできるだけ前向きに、やるべきことをこなしながら一定のテンポで進んでいく。不甲斐なさによる落胆も、心が絞られるような悔しさも、交わらなかった気持ちも、大人になればなるほど封じ込めるのが上手くなる。

30度近くあった気温がひゅんと下降し、夏の名残りと冬の気配が混ざり合う。普段は冷静さを装える心が妙に揺れ動くのは、ひんやりとした空気の中で、いつかの誰かにもらった温もりを思い出すからだろうか。

両立が叶わない二つの人生を望むときがある。何かを選び取れば何かが置き去りとなり、誰かを大切にすれば誰かを傷つけかねない。人生は選択の連続だ。現実を優先させて手放した夢、未来が見えずに諦めた恋、すれ違ったまま離れた友情、見送れない現実に涙した永別。選ばれなかった想いたちは、ぼやけた輪郭のまま留まっている。

これでよかったのか。そんなふうに思っても意味がない。自分で決めたんだ。ならば、そのまま進み続けるこそが最善に違いない。

けれど、本当はいつだって決断と後悔の狭間で揺れている。だから不意に立ち止まりたくなる。眠れない、眠りたくない。時々そんな夜が訪れる。

゚+。。.。・.。*゚


the HIATUSが奏でる多様な「夜」は、未熟で強がりな背中をそっと支えてくれる。ELLEGARDENの活動休止後、ボーカルの細美武士が始めたソロプロジェクト。実力派の音楽家が集められたバンド形態。ストイックで、シャープで。スタートから12年、アルバムを一枚出すごとに新しい表情を見せる音楽性は、より創造性豊かに、繊細に変化し続けている。


【Regrets】

The nights are pretty
The nights are prettiest
The nights are prettiest
夜は美しい

Regrets/the HIATUS

夜は美しいと繰り返すサビが印象的な『Regrets』は、夏の入口を感じさせる描写から始まる。お気に入りの懐かしい曲を口ずさむような優しいボーカルが印象的で、「No Regret」と自分に言い聞かせる静かで強い決意が対比として際立つ。

A thing I love to do
is walk along the edge of time
僕が好きなことの一つは
時間の隙間を歩くこと

Regrets/the HIATUS

紡がれた一編の詩みたいな歌詞が、聴く者の想像力を掻き立てる。何を後悔しないと決めているのだろう。儚げなボーカルが織り成す物語を追いかけてみたくなる。

Don't think twice, no
Just making out of it
考え直すことはしない
ただなんとかやるだけだ

Regrets/the HIATUS

誰かを想いながらも一人を引き受ける不思議な距離感。「君」を連れて街を抜け出すような一節もあるが、MVを観ている限り、歌の中にいる二人が実際に並ぶシーンはない。

この曲は、いつも夏の終わりに聴きたくなる。緑が生茂る初夏に秘められた決意の行方がどうなったのか、想いを馳せて。
(6th Album「Our Secret Spot」収録)


【Insomnia】

I wake up to nightmare
Where we had our best days
悪夢から目を覚ました
僕らが最も幸せだったときの夢

Insomnia/the HIATUS

数あるハイエイタスの「夜」楽曲の中でも、史上最大のインパクトを持って世に放たれた作品といえば、やはり『Insomnia』だろう。
静けさの中に脈打つ心臓音のようなドラムが合図を告げる。始まりはすでに不穏だ。美しく悲しいストリングスが繰り広げられた直後、一人部屋にぽつんと佇む姿を彷彿させる歌声が聴こえてくる。

Save me
助けて

Insomnia/the HIATUS

そう何度も真っ直ぐな言葉で。誰にも届かない声を振り絞る。耳を貫いて胸のど真ん中に届くフレーズは、心の奥底を隠し持った衝動を暴き、突き上げてくる。掠れた歌声の悲痛さが、楽曲に説得力を与える。

I'm not the one you want
I'm not the one you know
I hope you are fine
Insomnia
僕は君が求めている人じゃない
僕は君が知っている人じゃない
君が大丈夫だといいな
眠れないよ

Insomnia/the HIATUS

他人に映る自分の姿、落差。迫り上がってくる自己否定のループの中で、「君」の平穏を願う気持ちがただ優しい。

ELLEGARDEN活動休止後に細美武士を長く苦しめたと言われる後悔や絶望。幾度となく乗り越えた、いや乗り越えるしかなかった眠れない夜。その感情に自ら既視感を覚えてしまったとき、この一曲は救いになるかもしれない。だだし、劇薬だ。
(2nd Album「ANOMALY」収録)


【紺碧の夜に】

紺碧の夜を見上げて君に会える
満天の星空も 冬の日の夕闇も
航海に浮かべて
僕らは月の影にそって

紺碧の夜に/the HIATUS

穏やかな夜を想起させるアップテンポのロックナンバー『紺碧の夜に』。遠く離れた人を憶う描写ながらどこか温かいのは、つながりを信じている強さを感じるからだ。

きっと にじみだすような
思い出の中に君がのこした
かけらは咲いて

紺碧の夜に/the HIATUS

このままずっと続けばいいのにと願った完全な夜は、あっというまに脆く崩れてしまった。会いたくても会えない。そんな状況は続いていく。けれど、同じ夜空を見上げていると信じさえできれば、未来に続く道はちゃんと浮かび立つ。

遠くかすれた声なら
今も響くよ 変わらない強さで

紺碧の夜に/the HIATUS

最後のサビに入る直前、長く丁寧に尺を取られた間奏に耳を傾けていると、どこまでも広がる澄んだ夜空の中で深呼吸している気分になる。道標代わりの月明かり、宝石のような星屑。くすんだ心に風が優しく語り掛ける。もう少しだけ、がんばれるんじゃないか。そんな力が湧いてくる。
(1st Album「Trash We'd Love」収録)


上記3曲以外にも、雨の感触と夜の静寂が交差した「Radio」、壮大な物語の終幕を感じさせる「Little Odyssey」、去りゆく大切な人との時間を懐古する「Souls feat. Jamie Blake」、二度と会えない別れを仄めかす「Moonlight」など、ハイエイタスの楽曲には多様な「夜」が心情や光景とともに描かれている。

彼らが奏でる音楽を聴いていると、あまりの美しさにいつも感嘆する。それは潔白で純真な美しさではなく、諦めや悔い、別れなど負の感情も胸を痛める現実もすべて綯い交ざった美しさであり、微細な命の揺らぎが一切の妥協なく音楽へと昇華された美しさだ。

きっとこれからも訪れる幾重の眠れない夜にも、彼らの音楽はそばにいてくれる。過ぎ去った日々や置いてきた感情を振り切るんじゃなくて、ちゃんと見つめ直す時間に寄り添ってくれる。

時々はそうやって、後悔に優しい夜を過ごしてもいい。



この記事が参加している募集

コンテンツ会議

私のプレイリスト

最後まで読んでいただいてありがとうございます。これからも仲良くしてもらえると嬉しいです。