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簡単ではない人生に 【ブックレビュー】又吉直樹『火花』(文藝春秋、2015年)

著者:又吉直樹
書名:火花
出版:文藝春秋

  今更、書評をするまでもない。「文學界」に掲載された当初は、史上初の増刷がなされ、即単行本化。2015年、第153回芥川賞を受賞したときには、テレビなどでやたらもてはやされていたなと思う。お笑い芸人として新人文学賞を受賞したという衝撃は、驚きをもって受け止められていた記憶がある。

  「読書が趣味です」といえるようになった私は、無難におもしろい作品に出会うには?と考えていた時期があった。本屋大賞の受賞作を読んでみるのも一つの選択肢であった。芥川賞の受賞作で、しかも、読書家とおぼしき人々からの評判もいい。本書をとりあえず手に取ってみようと思わざるを得なかった。

  本書は、150ページほどの薄い単行本。一般的には、中編小説に分類されるのであろうか。純文学の新人賞たる芥川賞の受賞作なだけあって、やや堅い文体が目立つ印象がある。しかし、内容の面白さも相まって、本を読むのが遅い私でも、すぐに読み切ってしまった。

 物語は、2人のお笑い芸人を軸に展開する。それぞれ異なるコンビであるが、主人公の徳永は、神谷に弟子入りをして、「漫才師」とはなんたるかを学ぶことになる。

  物語の中では、お笑い芸人を取り巻く厳しい環境が描かれている。著者自身お笑い芸人であるし、おそらくは、現実をかなり忠実に描写しているのだろう。「おもしろい」とは何かを探求し、ちょっとしたことに悦びを見出しながらも、苦悩し、迷走する姿が美しく描かれている。自らの理想と、世間が求めているものとのバランスをどのようにとるかという苦悩は、表現者である人なら誰でも経験していることなのではないかと思う。著者の経歴について、私は全く知らないも同然であるが、少なからず実体験に基づいてるのではなかろうか。

  本書の文体は、かなり堅い方だと思う。お笑い芸人というテーマを扱うのに、状況描写などが非常に繊細で、いわゆる「文学的表現」が多用されていることに違和感がなかったわけではない。それでも、すべてを読み終えると、本書の文体は、本書が訴えかけるメッセージと、そこから読み取れる著者の考え方にはぴったり沿っていると感じられる。「過度に文学的な表現を多用しているなぁ」と思ったのは、私自身が無意識のうちに、「所詮お笑い芸人が書いたもの」という色眼鏡で見ていたせいかと反省する。

  タイトルの「火花」は、非常に印象的である。物語の最初と最後、物語の背後には花火が描かれ、登場人物が置かれた状況と対比されるため、登場人物の感情がより際だって映る。世間一般と自らの価値観との間で葛藤し、闘う様は、まさしく火花を散らしているような印象を受ける。
 ただ、表紙の絵が何を示しているのかは、よくわからない。赤いもやもやがもし白色だったら、お化けの仮装をした子どもに見える。世間に受けのいい格好をして、本当の自分を隠す人を描いているのかもしれない。しかし、赤である理由が見当たらない。劇場の幕に見えなくもない。


  人生は簡単ではない。今まで世の中になかったものを生み出す表現者からすればなおさら。それでも、人生に希望や悦びを見出すことはできる。綺麗事ではあるが、そんな風に考えていたいと思わせてくれた一冊。

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