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絶対的幸せを追い求めて

僕は相対的幸せじゃなくて、絶対的幸せだけを感じていたい。要は誰かと比べて幸せ・幸せじゃないという風に考えるのではなく、周りは関係なく自分は「幸せ」かどうか。ここだけを見ていたい。ここだけを考えていたい。



例えば、「キレイ」「美しい」「美味しい」「醜い」「可愛い」「若い」「新しい」「明るい」などなど。これらは他と比較して評価するものだと思うので、相対評価。



例えば「キレイ」だったら、「あれよりもキレイだからこれはキレイ(に感じる)」という風に無意識に自分の中に基準を作っていて、勝手にそれと比較している。という感じ。



他と比較することで、欠けていて伸ばさなきゃいけないところや他と比べたときの今の立ち位置が分かる、といった点では相対評価も必要だと思うけど、



「幸せ」に関しては自分の感じ方だけで判断したい。というか、「幸せ」の度合いを他の人と比べられるぐらいの心の余裕を持っていない気がする。だし、これを他の人と比べるのはナンセンスな気がする。



だから、「幸せとは何か。」という問いに対しても、それは人それぞれとしか言いようが無い。ここには異論は認めない。いや、耳を傾けはする。



何が言いたいかというと、僕は「幸せ」に関しては、人と比べるという全くの無意味なことはせず、自分がどう感じるかだけを追い求める。さらに言えば、周りの人を手助けすることで仮に「幸せ」になることは無いにせよ、ベクトルを少しでも「幸せ」の方に向けれたらなと思う。



それにはまず、僕が幸せにならないとなぁ。。

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