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LL(ロングロング)長屋の日常、車窓のある暮らし

ほんの少し先の未来の話である。
その頃人がまともに生活できる土地は都市部には残っていなかった。建築基準法が変わり上へ上へ伸び行くことが可能になった集合住宅にはさまざまな限界が生まれ、投機の対象物ではなくなってしまい、異国の所有者たちは長年の間にその所有権を手放していた。空室は増え、高齢者は増えて、巨大な建物にはいつも自分の部屋を忘れてしまった大人の迷子が彷徨さまようのであった。そしていつしか異臭も漂い近づく人もいなくなっていった。

私ははなから高いところは苦手、田舎の故郷に帰れば、兎を追った野山も小鮒を釣った川も残ってはいるが、そこは国の制度が変わり、「歴史的保存エリア」と称されて、私たちの目には見えない薄い薄いラッピングのほどこされた人の住めない場所となっていた。じゃあ私たちはどこに住めばいいのかといえば、たとえば新しいカタチの庶民向けの賃貸住宅なのである。JRとURがやけくそで合体してJUR²(ジュール)という国土交通省が直轄する団体を立ち上げていた。そのジュールが目を付けたのは、まずは都心を巡るループラインだった。ループラインをすべて高架にして、その下に生まれる空間を、現在あるような商業施設ばかりではなく、3層の居住区としたのである。建築の技術は今以上に進歩し、振動も騒音も無い静かで快適な3階建てのロングロングマンションに変身させたのである。

しかし、ここはまだ家賃が高く、もっと家賃の安い住宅をジュールは開発した。開発当時は話題騒然、チョー人気の賃貸物件となったのである。しかし、この個性的な新物件はあまりの個性の豊かさに居住者は離れて行き、その年が明けた頃には私でも十分賃料の払える物件に落ち着いていた。

その個性の豊かさは何かといえば移動する賃貸住宅なのであった。ループラインを走る車両の2階を賃貸物件としたのである。しかもである、一周20㎞のループラインいっぱいにその車両を並べたのである。ループライン一周の一列車なのである。一車両全長20m、つながった千台の車両が同時に動き、停車するのである。10両の列車が止まり、ホームのベルとともに動き出す。そしてまた次の10両がやって来て止まり、乗客と居住者の乗り降りを終えてベルとともにまた10両分だけ動き出すのである。一周20㎞に20の駅がある。その駅間は1㎞である。車両50台分の駅間は5回の停車で移動できる。仮に停車時間を2分間とすれば10分強で隣の駅に移動できるのであった。

もうその頃はAIとロボットが世の仕事という仕事を牛耳り、私たち人間は働く必要が無くなっていた。一応会社に所属する人間もいる。なかには毎朝スーツで駅に降り立つ人間もいた。でも、働く必要がないのである。会社で働くロボットたちの様子を見てまた現実の世界に舞い戻ってくるのだ。現在いまのようにアリのごとく働く必要が無く、キリギリスのごとく毎日をのんびり生きる現実となった夢の世界に舞い戻るのである。

私のようなぐーたらな人間にはもってこいのロングロング長屋、通称『LL長屋』だった。多くの車両は片側廊下で部屋は3つに区分され、ほぼワンルームの広さだった。学生向けの4つ区画やなかには1両を1家族で使う者もいた。この頃には各ホームにコンビニがあり、停車時に朝飯のサンドイッチや寝酒の缶入りハイボールを買って部屋のある車両に戻るのである。1列車を見送っても大丈夫である。居住者だけに認められる2階の通路を歩いて自分の列車に戻ればいいのである。なかには週刊誌を立ち読みして、3列車、4列車を歩いて自室に戻る強者つわものもいた。

ループラインは24時間止まることは無かった。小一時間で周回する『LL長屋』はさまざまな人間をのせて、さまざまな生活をのせて走っていた。そこにはさまざまな人間模様がある。時代は進めども変わらない人の営みがある。

私は四季や天候で化粧された風景を毎日違う時間で目にすることのできるこの車窓である自室の窓があることで、心豊かになれるのであった。


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