架空レポ 「山の上にも里の候ぞ」
「縦走」という種類の、尾根伝いに複数の山をたどっていく歩き方がある。低山であっても、あの山、隣の山、さらに別の山、と歩いていくと、見える景色が緩やかに移り変わっていく楽しい遊び方だ。
夏休みの終わりがけ、東京から電車を4本乗り継いだ先の山に囲まれたポケットみたいな漁師町に宿を取って、いくつか隣のちっちゃい入り江の人里まで歩いていくことにしたのだった。
翌朝早く、ちっちゃい荷物だけ持って、ツクツクボウシのさわぐ杉林をゆっくり登る。ここらの山は海ぎりぎりまで張り出しているから、すこし進むだけで太平洋以外見えなくなってしまった。
太平洋は、対岸の見えない変な海だと思った。登り始めこそ水平線が見えて感動したが、何度遠くを見ても雲一つもないスカイブルーと島一つないマリンブルーの手抜き二色構成である。昼になる頃には飽きてしまった。ちょうどお腹も空いてきたので、座れそうな場所を求めて進んでいると、目の前に集落があらわれた。
集落、なのだろうか。いきなり始まったアスファルトの道路の脇に数軒、鮮やかな赤・黒・青屋根の家が建っていた。どれを覗き込んでも洗濯物も車もない、留守の家だった。
どの家もやたらと小綺麗だった。おかしな話だ。生活の息吹の欠片もない民家も、庭の芝生まできっちり刈られた廃屋も、日本中どこを探したってなさそうだ。唯一ありそうな「住宅展示場」という線だってこんな田舎の山の上にあるはずはないのだ。
商店と、食堂と、それから神社があって、どれもひとけがなかった。道沿いに下ると、「集落」は積み上げられた消波ブロックの山を境に途切れ、その先はまた未舗装の山路が続いていた。
そこから20分ほど降りただろうか。山を降りきった先に、鮮やかな赤・黒・青屋根の民家が建っていた。塀の形、扉の色、庭木の種類まで、さっき見たのとまるきり一緒で、違うのは人がいることぐらいだ。
さっき見つけた食堂もそのままあったから、そこで昼を食べることにした。大盛り海鮮丼を待つあいだ、常連オーラを出しているおじさんに思い切って「集落」の話をしてみると、どうやら事情を知っているようだった。
「神社、あったろ」
「ありました」
「あれな、『下』にもあって」
「出てすぐのとこですよね」
「そっちが海の神様ので、『上』になるのが山の神様のやつなんよ、それで……」
「それで?」
「山の神様がな、寂しがりでな、やきもちやきなんよ」
言っている意味がわからなかったが、ひとまず最後まで聞くことにした。
「それで、昔からこっちで祭りやったりな、祝い事があったりな、そのたびに山が崩れたりしとって」「そしたらな、えら〜い坊さんがやってきて『山の神様は寂しがりだから、山の神社の周りにも同じ里作ったら治まる』言うて、そのとおりにしたらぱたーっと山が崩れなくなった。」
「なんでですか!?」
「ん〜、わからん」
バスの時間が来るまでの間に神社を拝んでいこうとしたけれど、「『上』拝んでないならやめとき」と言われたので、結局そのまま帰ったのだった。