情報新党・試論(1)政党政治そのものをイノベーションすべきだ。
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情報新党・試論(1)政党政治そのものをイノベーションすべきだ。

橘川幸夫


 政治とは、多様な人間が生活する空間における多様性の調整である。私たちは、近代を経て、戦後を経て、国家という枠組みが規定する個人ではなく、自ら立脚した個人という立場から国家を凝視するという、根本的な変換点を迎えようとしている。国家は、国民意識を啓蒙し牽引する存在から、個人に対するサービスシステムに変換しつつあるし、変換させるべきだと思っている。国民もまた国家におまかせすべきではなく、多様なままで、それぞれの願いを思うべきであり、表現すべきである。

 自動車を運転する時、道路交通法を守らなければ、事故が多発する。だから、これまでは、運転するものは道路交通法を覚え、遵守し、守らなければ国家が逮捕をし、刑に処す。しかし、これからの未来は、個人が好きなように道路を走っても、自動車や社会システムの方が、個人の意識に対応するようになるのだ。赤信号を守らなくても、事故は起きなくなる。原理的にはそうなるし、それが情報化社会というもののあるべき姿である。常識が変わるということが革命ということである。

 政治の季節がやってきた。この季節になると、もちまえの好奇心から火事場見物の野次馬のようにわくわくすることもある。しかし、一方で、いつまで、こんな茶番を続けているのか、という気持ちを、50年も抱えて生きてきた。

 一人の人間がすべてのテーマに対応したり、解決したり出来るわけがない。それぞれ自分の得意テーマというものがあり、それぞれの問題意識がある。政治党にしても、選挙に勝った党が、全権を任され、外交から教育、産業から福祉、建設から文化まで、あらゆる領域の未来に責任を持つ。この方法は、明治時代における近代化の推進、戦後における焦土からの復興の時代には、正しい方法だったと思う。しかし、高度成長を経て、「豊かな社会」を実現し、個人意識の萌芽が広がった現代においては、無理な方法論なのではないのか。

 新しい未来を模索するのに、いつまで、古い方法論に固執するのか。政治形態そのもののイノベーションが必要となっているのではないのか。すでに政党としての政策の差異がどんどんなくなり、一体、僕たちは何を基準にして、投票行動をすればよいのか分からなくなってきた。単なる人気投票は、なんの意志表示にもならないのではないか。

 政治の季節になると、対立相手の罵倒と攻撃が、政治家だけではなく、評論家や評論家もどきのネットワーカーたちにあふれかえる。僕は不愉快になる。自分にとっては、どんな人間も好きなところもあれば嫌いなこともある。それらを包括して向かい合うことが、付き合うという意味だと思っているので、一方的に全否定や全肯定は、人間の人間に対する向かい方ではないと思う。

 ある政治理念に共鳴したら、その人がどんな愚かなことをしても守ろうとする。逆に、敵対する相手が素晴らしいことをしても、拍手することはなく、ネガティブな面を探そうとする。その人が守ろうとしといているのは、自分の考えではなく、自分がまとった理念そのものであろう。相手の中身ではなく、衣装や経歴で付き合おうとする人と、僕は、まともに付き合う気が起きない。

 政治党も同じである。党という鋼鉄の衣装に絶対的な価値を持ち、素っ裸の人間そのものを忘れているのではないのか。

 しかし、現実は、政治党や国家組織が日本をコントロールしている。その中で、人間関係を形成出来る個人とは、付き合ってきたし、付き合っていきたいと思う。ただ、この政治党そのものをイノベーションする方法論を本格的に模索する時期に来ていることも確かだと思う。

 僕の考えは単純である。政治党を単一の政党組織にするのではなく、多様なテーマを持つネットワーク政党にしていくことである。今の政党には、各部会があって、テーマごとに、強い関心を持つ政治家たちが集まり、官僚たちと協議して、政策を決めていく。しかし、その政策を判断するのは、その上部構造である、内閣である。

 この部会を独立した政党として、よい政策を研究している部会に投票するようにするのだ。僕たちは、今、政治党に投票し、そこに全権を委ねて、各テーマごとの政策も一任する。そうではなくて、個別政策に対して投票し、選ばれた政策党が連立して内閣を築けばよい。抽象的な理念やイデオロギーに投票するのではなく、具体的な政策に賛否を投じたいと思う。その場合、「教育問題についは、あの政党」「外交問題については、あの政党」と選べるようになる。

 この方法は、今、起きている情報化社会への道筋の中での、根本的な方法論である。例えば、大学選択において、これまでは偏差値という数値化されたブランドででしか選択でなかったが、アメリカにおいて、MOOCs(Massive Open Online Course ムークス)という、大学の講座をインターネットで公開するシステムが広がってきたが、これの重要なことは、偏差値ではなく、教授の講座そのものが開放されて、受験生の大学選択方法が変わってくるということである。そのことを意識した日本の大学のオンライン講座は、まだ少ないとおもう。偏差値ではなく「あの教授の授業を受けたい」という意識で受験生が大学選択をするようになると、大学のブランドの意味や価値が変わる。

 選挙も、短い期間で、がなり立てるような争いをすることはない。政策の立案会議をインターネット中継すればよいだけだ。そのことで、誰が何を発言し、何に賛同したか分かる。もちろん、そのためには、しがらみやテレビの話題だけで投票行動している世代の次の時代に期待しなければならないだろうが。

 さて、僕も、現状の政党に期待することは何もないが、政治家や官僚個人には、まだまだ魅力的で能力のある人たちがたくさんいると思っている。いつか、彼らと合流するために、今はせっせと、未来のための種まきをするだけだ。

(つづく)

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橘川幸夫

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