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「深呼吸する言葉」開始

 50歳というのは、人のひとつの到達点だろう。科学や医学が発展していなかった時代にも、老人はいたが、多くの人間にとって「人生は50年」が自然のような気がする。今は、人生80年以上が平均的になってきた。

 それは、40代から気がついていた。自分がこれまで生きてきた時間よりも、これから未来を生きる時間の方が短いのだということを。過去がどんどん積み上がっていく分、未来はどんどん少なくなってくる。80歳まで生きるとして40歳が分水嶺、100まで生きるとしても50歳が分水嶺。

 未来より過去の質量の大きいことを余生という。50歳になった時に、僕は、若い仲間を集めて生前葬を行い、しばらくしてから「深呼吸する言葉」を書き始めた。もともとは、40歳からはじめて「メタ日記」という、バソコン通信の時代に行っていた短い文章がベースである。日々の出来事の中で感じたことや思ったことを、100文字程度の文章にまとめる作業だ。あるいは、過去に感じたこと思ったことを反芻して、100文字にまとめていった。それを、インターネット上で、静かに放送しつづけた。

 実は、このモデルがあって、19歳ぐらいに、懸命に何度も読み返した、「テスト氏」という一冊の本が忘れられないでいた。Pヴァレリーの言葉とロジックは、若い僕を魅了した。合わせて同時期に読んでいた、西行などの新古今和歌集のダジャレで「深呼吸和歌集」とした。その他、若い僕は、小説でも評論でも、短いフレーズを探して、本にマーキングしていた。

 今回、過去に書いた深呼吸する言葉と、現在も書き続けている言葉を合わせて、noteでアーカイブを作った。これは、僕が、自らの葬儀で語るべき言葉である。そこまでの道程をお付き合いしていただける人を呼びかけます。そうやって人は、生を生き、死を生きるのである。

深呼吸する言葉/橘川幸夫

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