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新たなメルヘンハウスがはじまります!

メルヘンハウスは「今」もなお継続中!

1973年、メルヘンハウスは日本ではじめての「こもどもの本専門店」としてオープンしましたが、経営状況の悪化により2018年に45年の歴史に幕をおろしました。しかし、現在は二代目となる僕が、講演会や絵本のセレクト、期間限定の店舗、イベントでの出店など、様々な形でメルヘンハウスの実店舗再開に向けて活動中です。

メルヘンハウスを創った僕の父、三輪哲は現在76歳です。年相応に体調面などで弱ってきており、実店舗のない今では表立っての活動などはしていませんが、子どもの本の話になると目を輝かせて話をします。

僕の中での三輪哲という存在は、あくまでも「父」であります。しかし、僕はたった4年という短い期間でしたが、メルヘンハウスで一緒に過ごした時間の中で、僕の知らなかった「メルヘンハウスの三輪哲」に出会いました。

メルヘンハウスが閉店してから、父の老化が進みました。この2年、息子として父と接していましたが、彼のなかでどれだけメルヘンハウスが大切であったのか、その生涯を「メルヘンハウスの三輪哲」で全うしたかったのであろうという気持ちを強く感じました。

メルヘンハウスの三輪哲の講演

2020年1月、まだ世の中は「不要不急な外出の自粛」などという言葉もない、僕の講演会に、父をゲストスピーカーとして一緒に連れて行きました。最初は「今は人前で話せる状態でない」など何かしらの理由を作り、父はゴネていました。

僕は「少しでいいから話をしてほしい。まだ三輪哲の話を聞きたがってきる人がいる!」と説得しました。あまりにも口説い僕のオファーに、父も納得したようで「10分ぐらいなら話せる」と、少し乗り気になってきたので、僕も父がどのような話をするのかワクワクしました。

講演会当日、いつもは2時間の講演会を僕はフルに話しまくりますが、1時間半に短縮し、残りの30分を父の話と質疑応答としました。父に講演のバトンを渡すとき、何故だか僕は大泣きをしました。その涙の理由はわかりません。

色々な想いがあったのだと思います。閉店してから2年、人前にほとんど出ることのなかった父が、皆さんに話しかけようとする姿に「メルヘンハウスの三輪哲」を強く感じたのか、それとも無意味なノスタルジックな想いだったのか、、、。

父は自分の出番まで、僕の講演を最前列の端っこで静かにずっと聞いてました。僕は閉店してから2年間で、50回以上の講演を全国各地で行ってきました。メルヘンハウスが実店舗として存在していた時も講演はしていましたが、父がまともに僕の講演を聞くのは、はじめてだったと思います。

僕も父兄参観のような気持ちで、いつもより緊張しました。父は黙って顔色を変えることなく僕の講演を聞いていましたが、もしかしたら、父はこれから講演する自分の緊張の方が大きかったかも知れません。

実際に講演のバトンを渡した際、父がものすごく緊張しているのが伝わってきました。案の定、最初は呂律も回らず、滑舌も悪く、その様子を横でみていた僕は、「10分も持たないなぁ」と思い、いつストップをかけるべきであるか考えていました。

それはボクシングで例えるならば、リング上で強烈なパンチを浴びてフラフラになりながらも、必死に相手に立ち向かうボクサーに、客観的な視点からトレーナーが降参を意味する、「いつタオルをリングに投げるべきか?」と、戸惑い考えるような気持ちです。

話出したらとまらない!

そんなハラハラした父の講演でしたが、徐々に調子に乗ってきました。その様子は僕の住んでいる近所の駐車場の隅っこにいつも停めてある、フォルクスワーゲンの初期型ビートルのようでした。そのビートルは、昔は鮮やかであったであろう水色のボディも日に焼けて、所々のサビも目立ちます。決して良いコンディションとは言えない「ポンコツ車」です。

そんな「ポンコツ車」も、たまにその姿を見かけないことがあります。ある日のこと、そのビートル がものすごい音を立てて走っているのを見かけました。おそらく整備のされていないビートル は、いつエンジンが壊れてもおかしくない地を揺らすような音で、ゆっくりと走っていました。

その走る様は、地球に優しい現代のハイブリット車とは正反対に、マフラーから煙をモクモクと出していました。しかし、少しだけ垣間見た運転する人の顔はとても嬉しそうでした。

結局、父の講演はそんな「ポンコツ車」のようにゆっくりと走り、「10分ぐらいなら話せる」と言っていたにも関わらず、30分近くも続きました。講演会に参加された方々は、その「ポンコツ車」を運転する人の顔のようで、嬉しそうに、時には涙を流しながら喜んでくれました。

講演を終えて帰りの車の中で、父はしきりに「あの話をすれば良かったなぁ」などと、久々に皆さんにお会いできたことを、とても嬉しく振り返っていました。後日、講演会の主催の方から、講演会のアンケートを送っていただきました。僕はその内容に目を通して、すぐに父の住む実家に車を走らせました。

「すべて持っていかれたよ!」

アンケートのほとんどが父に対する称賛と、また聞きたいという内容がほとんどでした。僕のせめてもの救いは、アンケートの中に「丈太郎さんの話も良かったけれど、哲さんの話が良かった!」と記してあったことでした。

僕は父に「僕があれだけ一生懸命に話したのに、アンケートのほとんどがお父さんへの称賛だよ!もうまいっちゃうよ!営業妨害!」と言いました。

父は「丈太郎の話も良かったよ!」と言ったものの、数々のアンケートをひとつずつ丁寧に何度も読み返し、とても満足そうでした。そんな姿を見た僕は、まだ「メルヘンハウスの三輪哲」は現役だと感じたのです。そして、僕は父に言いました。

「これからも一緒に講演会に参加してくれないか?」

父は一瞬考えましたが、「丈太郎と一緒にやりたい」と言いました。そして、僕は今後予定されている僕の講演会に、スケジュールが合い体調面で問題がない時は一緒に行くことを約束しました。僕と父は2人でやる講演会のプロジェクト名を考えましたが、即座に決まりました。そのプロジェクト名は、、、、、、

「ぼくらは世界一の名コンビ!」

この名前は、『ぼくらは世界一の名コンビ!』(評論社)のタイトルをそのまま引用しました。この本はハードカバーの本ですが、残念ながらオリジナルのハードカバーは、現在では古本でしか入手できません。(現在はタイトルも訳も変わり、ソフトカバーの本として出版されています)

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ストーリーは表紙に書いてある通り、ダニィと父さんが力を合わせて悪者をやっつける痛快なものです。僕と父には特に悪者が存在するわけではありませんが、親と子どもがお互いを認め合い、フラットな関係で一緒に色々と知恵を絞って立ち向かっていく姿がとても素敵で、「こんな親子になりたい!」と、僕は以前から思っていたのです。

世の中が変わってしまった、、、。

「ぼくらは世界一の名コンビ!」プロジェクトは、2020年2月も僕の講演会が3回予定されていたので、本格的に始動をしようと考えていましたが、その3回の講演は、いずれも父のスケジュールが合わなく、僕1人で通常通り行いました。父は残念そうでしたが、3月も僕の講演会が3回あるし、チラホラと今年の秋までの講演会のオファーは頂いていたので、「また次があるから、しっかり準備しといてよ!」と父に言いました。

しかし、2月下旬から徐々に世の中の雲行きが怪しくなってきました。「不要不急な集会を避けるように」という言葉が、一気に広まりました。それを機に3月以降に決まっていた僕の講演会は、中止もしくは延期となり、去年の3月は、年内の講演会のオファーが次々ときたのですが、2020年3月は講演会のオファーはゼロでした。

父も高齢のため、新型コロナウィルスに感染するリスクを考え、出来るだけ外出をしないようになりました。あれだけ人好きな父が、人と会うことができない、しかも、メルヘンハウスも閉店し子どもたちにも会うことができないストレスにて、体調が芳しくない日々が続きました。

僕は幸いにも、中日新聞で絵本紹介の連載がスタートしたり、絵本のセレクトの仕事、そして責任重大な案件(秋には発表できると思います)など抱えていたので、なんとか正気をキープすることができましたが、父にとっては楽しみにしていた、僕らのプロジェクトが出来なくなったことに、強い悲しみがあったようです。

「出鼻をくじかれる」とは、こういう事なのかと。

何も出来ないまま現在に至り、そして、、、。

2018年3月にメルヘンハウスは45年の歴史に幕を閉じました。その5月には中日新聞の誌面にて、メルヘンハウスの歴史を振り返る特集が、「上・中・下」と3編に分けられて掲載されました。それは今でもメルヘンハウスのホームページにて読むことが出来るので興味がある方はご一読ください。

「上・中・下」ともにタイトルのようなものが付いています。その最後となる「下」のタイトルは、「ネットにのまれた理想郷」。

記事を書いてくれた記者は、2017年の11月に「メルヘンハウス閉店」と、中日新聞の一面に大きく掲載された記事も書いてくれた人です。閉店のお知らせから、ある意味ではメルヘンハウスの最期まで看取ってくれました。そして、2019年4月に13日間の期間限定の実店舗復活の際も記事にしてくれました。

とても真摯に対応してくれて、メルヘンハウスの歴史を「文字」という記録に残してくれたのは嬉しきことでした。しかし、「ネットにのまれた理想郷」は事実ではありますが、当時はとても悔しい気持ちでもありました。

父はインターネットに対抗心を燃やしながら、リアル書店としての誇りを人一倍持っていました。しかし、時代には逆らうことはできません。今実店舗としてのメルヘンハウスは存在しませんが、僕は実店舗再開を目指して活動しています。

「いつかはリアルなメルヘンハウスを復活させる」

新型コロナウィルスさえなければ、今年中に小さくともリアルなメルヘンハウス を復活させる予定でいました。今となってはそれどころではなく、STAYとなっています。しかし、「今」出来ることがあるのではないか?と日々頭の中で妄想を繰り返しました。

そして、出た結論がインターネット上にてメルヘンハウス をオープンさせることでした。

インターネット上でのメルヘンハウスとは?

ひとつ皆さんにご承知おき頂きたいのは、メルヘンハウスは書店であることです。書店とは「商い」です。つまりはお客さんに本を売る商売なのです。では、インターネットで絵本を売ることを始めるのかと言えば、そうではありません。

父も僕も子どもたちに本を手渡したいのです。

ですから、インターネットでは本は売りません。「ぼくらは世界一の名コンビ!」プロジェクトは皆さんに情報を提供し、その対価として「お金」で皆さんから頂くつもりです。現代社会において、「情報」という「モノ」として実在しないものに対しても「商い」は成立しています。

あくまでも大きな目標はリアル実店舗の復活ですが、その目標を達成する道ノリの中で、「ネットにのまれた理想郷」のメルヘンハウスは、インターネットを逆手に取り「商い」をはじめます。

インターネット上でのメルヘンハウスの「商い」について

現時点では、2つの「商い」を用意しました。

ひとつ目の「商い」は、三輪丈太郎の本や子どもに関するコラムや、本の紹介を「文章」にて発表します。

note丈太郎

ここまで読んで頂いた方の中には、もうお気づきになった方もいらっしゃるとは思いますが、僕は脱線王です。講演会のアンケートでも「雑談が多かった」とご指摘頂いたこともあります。しかしながら、僕はその雑談にこそ意味があるのだと考えます。

僕の講演会は、活動当初は自分なりに事前に話す内容や順番を考えて用意していましたが、その決めたことを全国あらゆる場所において、あらゆる人に対して通用することではないと、講演活動を積み重ねたうえで実感し結論を出しました。

「メルヘンハウス・ネクストステージ」と銘打って行ってきた活動の中で、2018年9月に丸善栄本店での西山雅子さんとのトークショーが、表立った活動のスタート地点ではありますが、2019年に入ってからの講演会は、全て何も決めずに講演会場へ向かう道すがら考えたり、会場の雰囲気や、実際に参加される方々の様子を見つつ話を変えていきます。そのため、講演がどのような形になるのか、最後まで僕自身もわかりません。50回以上の講演会をしても、終着駅は異なります。

それは僕自身もワクワクしながら、参加された皆さんと一緒に何処の駅で降りるのか、毎回楽しみにしています。

おそらく、それは僕が「生まれながらにして子どもの本専門店の息子」という、ある種「児童書界のサラブレット」のように捉えられている方もいらっしゃいますが、僕はそんな優等生ではありません(写真を見れば一目瞭然です)。

僕はメルヘンハウスに入るまでの人生の多くの時間を、音楽に費やしてきました。バンドでのライブ活動やレコーディング、全国各地へのツアー、フェスへの出演などで、音楽にて教わってきたことは、とても沢山あります。

良き思い出と良き先人たちに恵まれ、音楽から人生を学んだと言っても過言ではありません。そして、その多くは「ライブ」から学びました。ライブはまさに「その時」にしか表現されません。同じ曲、同じセットリスト(曲順)でも、良くも悪くも毎回違う演奏になります。そんな状況下で、

「どうしたらお客さんに喜んでもらえるか?」

「どうしたら、他のメンバーと素晴らしい演奏が出来るか?」

もがき苦しみながら、トライ&エラーを繰り返して、成功するときもあれば、失敗する時もありました。しかし、お金を頂く以上は常に100%が最低ラインです。演奏テクニック的に100%に達していないのであれば、パフォーマンスなりでカバーしつつ、テクニックを身に付けるために、地道に自主練をするしかありません。

その積み重ねこそが、実は一番重要であり人生そのものだと思います。それは決して表に見せることのない行為です。

このような音楽活動で学んだことがベーシックとなり、僕は今「メルヘンハウス 二代目 三輪丈太郎」と名乗っています。

自分にとって旬なことを、偽ることなく自分の言葉で記していきます。

講演でも、最初は「私」という言葉を使っていても、参加された方々とのグルーヴ(高揚感)が出てくると、「私」が「僕」になり、しまいには「俺」になります。

おそらく、この「商い」でもそのような現象が多々起きると思いますので、前持ってそのような失礼をご承知おき頂き、ご了承頂ければ幸いです。

ふたつ目の「商い」は、三輪哲による児童書論や子ども論を「音声」にて発表します。

note哲


2019年11月に、メルヘンハウスのホームページにて「現在の三輪哲の肉声を公開します!〜三輪哲と丈太郎親子の何気ない雑談〜」として、父の話を音声にて発表したところ、ものすごく多くの反響を頂きました。

なぜ父は「文章」ではなく、「音声」なのか?

それは、父が文章として書いてしまうと、どうしてもカッコつけたくなる「外面の良い性格」が出てしまい、純粋的なところが失われるためです。ありのままの「今」の三輪哲の話を楽しんで欲しいと思います。

また、父は80年代にCBCラジオにて、毎週火曜日の午前中に生放送でラジオ番組に出演していました。一冊の絵本をパーソナリティの人に本番までタイトルを明かすことなく、約10分と言う短い時間でその絵本の魅力を、リスナーの方々へAMという電波に乗せて伝えていました。事前にパーソナリティの人へタイトルを知らせなかったのは、その時の「新鮮な驚きや喜びを伝えたかった」という理由らしいのですが、さぞパーソナリティの人も大変だったことでしょう。

だからこそ、そんなワクワク感やドキドキ感に溢れた番組は、8年半も続きました。

そう、今僕が講演会を「ライブ」と捉えて活動していることを、既に父は80年代に「ライブ」をしていたのです。

既に収録済(盗聴済)のため、皆さんは楽しみにしておいて頂きたいです。
時間としては、毎回5分程度を予定しています。また、ダウンロードも可能なため、何度も繰り返して聞くことが可能であり、貯めていけば「三輪哲の講演会」となります。

タイトルは「三輪哲のBetter books for Young people!」 

皆さんへお願い〜その1〜

今回はこれからインターネット上にて「商い」をするにあたり、説明と案内だけなので、対価として「お金」は頂きませんが、次回からは有料コンテンツとして、500円を頂きます。

500円という金額に根拠はありませんが、ワンコインで三輪丈太郎の何千文字の「文章」と、三輪哲の5分程度の「音声」をお楽しみ頂けるのであれば、高くはないと思います。

新型コロナウィルスの影響にて、ストレスで溢れかえっている皆さんの生活に、無料にて楽しませる方々も多くいらっしゃいます。それは本当に素晴らしい活動であり尊敬もします。

しかしながら、私も父も「商い」にこだわります。ですから、こんな大変な時であっても「商い」としてインターネット上にてメルヘンハウスを運営します。

500円と言っても、そのまま僕と父に入ることはありません。このnoteの利用規約などでも明言されていることなので、ご興味があればご自身にてお調べすることもできますが、色々と手数料などを引かれて、手元に来るのは約400円前後の「商い」となります。

この「商い」で皆さんから頂いた収益は、僕と父と半分ずつにします。

僕は、実店舗再開に向けての資金としますが、父の使い道はわかりません。おそらく父が大好きな氷菓「ガリガリ君」を買ったり、孫へのプレゼント代に充てることでしょう。

皆さんへお願い〜その2〜

次回から本格的にはじまる「インターネットでのメルヘンハウス」の「商い」は、今のところ2つしかありません。それは2人とも自分で責任の取れる範囲内で「商い」を行うことにしたからです。

しかし、メルヘンハウスと言う場は、お客さん、スタッフ、子どもたち、作家など「商い」と言えども、みんなが平等な関係であった特徴があります。

この「インターネットでのメルヘンハウス」も例外ではなく、僕と父と皆さんは平等な立場です。ですから、どんどんコメントなどでご意見を頂きたいと思います。

「こんな話が聞きたい!」

「もっとこんなコーナーがあっても良いのでは?」

「私にも書かせて!」

なんでも結構です。「インターネットでのメルヘンハウス」は、発進をするのは僕と父ですが、皆さんと一緒に作っていく場所にしたいと切に願います。

皆さんの積極的なご参加を心から楽しみにしております。

それでは次回から、よろしくお願いします。

メルヘンハウス 三輪哲 
メルヘンハウス 二代目 三輪丈太郎

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サポート頂いた金額は、父と僕とで半分にわけます。僕は実店舗再開に向けての資金へ。父はおそらく父が大好きな氷菓「ガリガリ君」を買ったり、孫との時間に充てると思います。

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1973年、日本ではじめての「子どもの本専門店」としてメルヘンハウスはオープンしました。 2018年に45年の歴史に一旦は幕を下ろしましたが、現在は「メルヘンハウス・ネクストステージ」として、 実店舗再開に向けて活動中です!「メルヘンハウス」に終わりはありません。
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