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【再火葬】どちらかと言えば笑って生きたい。 #未来のためにできること

 ヒトとしてこの星から「生まれ」、この星から多くの恵みを受け、そして最期の最期はこの星の大気に、水に、土に、還っていく。これが、私の「未来のためにできること」、かもしれない。

 「おまえは、『美秀』じゃない!」
私はこの夏、実家の「墓仕舞い」、母と父の遺骨の「再火葬」に奔走しながら、認知症だった母の声を、何回も何回も思い出していた。

「再火葬」(さいかそう)。遺骨などを火葬場で再び火葬すること。墓仕舞いのため、遺骨の湿気などをとるために行われるのが「再火葬」

 まだ「新型コロナ感染症」の真っ最中だった3年ほど前、電話口のその声が、母の声を聞いた最後だった。そんな母が、2年間意識のないまま、今年2024年3月、その生涯を87歳で閉じた。

 母は、鹿児島で生まれ育ち、同郷の父と結婚、23歳で私を、24歳で弟を、26歳で妹を産んだ。父は、33年前、60歳で亡くなり、自分で建てた実家近くの墓に埋葬されていたので、母の遺骨も父と共にいったんは実家の墓に安置していた。

そして、母の初盆をもって、実家の「墓仕舞い」、お寺での「永代供養」へと切り替えた。

「墓仕舞い」とは、文字通り「墓を閉め、墓石を撤去し、更地に戻す」こと。「永代供養」とは、お寺などに「遺骨を預け、供養してもらう」こと。今回は40年経ったら「合葬」され、いよいよ死後の「最終段階」になる。

 このご時世、「多死時代」と言われて久しく、少子・超高齢化が大きな社会問題となっているが、実は、私が子供の頃、半世紀も前から、既にこれは大きな社会問題だった。

 とはいえ、世界的に見れば、少子化でも高齢化でも人口減少でも、国民が幸せと感じられるかどうかは、必ずしも連動していない。日本の十分の一以下の人口でも、日本より豊かで、幸せを感じている国だってあるのだ。

 私は18歳で上京、その後46年間で東京は私の「地元」となっていた。その私も15年前に胃ガン手術を、弟は5年前に心筋梗塞を患い、また、実家で母と同居していた私の妹は、4年前に乳ガンで亡くなっている。

 そう、私が思う「未来のためにできること」、それは、この星の大気に、水に、土に、還っていくために、自分の寿命が尽きるまで、淡々と、自由に、そして、どちらかと言えば笑って生きていくことである。

 私たち一人一人は、この星が生んだ「奇跡」に違いない、のだから。

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