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『ベイビー・ドライバー』(2017年)

『ベイビー・ドライバー』は、『ショーン・オブ・ザ・デッド』や『ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-』などのエドガー・ライト監督によるクライム・アクション映画です。主演にアンセル・エルゴートの他、リリー・ジェームズ、ケヴィン・スペイシー、ジョン・ハム、エイザ・ゴンザレスらが出演。迫力あるカーアクションをはじめ、動きと音楽をスタイリッシュにシンクロさせる演出で高い評価を得ました。第90回アカデミー賞では音響編集賞、録音賞、編集賞の3部門にノミネートされています。
(以下、若干のネタバレを含みます)

・映画におけるDJ的選曲の到達点
クエンティン・タランティーノ作品など、DJ的な選曲と言われる映画は多々ありますが、中でも『ベイビー・ドライバー』は素晴らしいです。アンセル・エルゴート演じる主人公、凄腕のドライバーであるベイビーは、耳鳴りを抑えるために音楽を聴いているという設定ですが、そのため劇中ずっと曲が流れています。3曲除いて全てが既存曲です。ほとんど途切れずに曲が流れ、音と役者の動きがシンクロする。ミュージカル的と言われる所以ですね。その選曲がいいだけでなく、ドラムフィルを入れてから映像がカットインしたり、曲のかき回しのカットアウトにドラムを重ねて次の曲をかけたりするのは、生音のレコードでDJをしているかのようです。しかも音楽が物語の外で鳴っているのでなく、ほぼ全てが状況音でした。耳の聞こえない里親がスピーカーに手を当てると音量が上がる、ベイビーがイヤホンの片方を外すと音量が下がるところなどは、状況音であることをうまく生かした演出ですね。

すごいと思ったのは、バリー・ホワイト「Never, Never Gonna Give Ya Up」の使い方です。とてもメロウで心地よいラブソングですが、これが後半、主人公のベイビーとリリー・ジェームズ演じるヒロインのデボラが、銃を持ったジョン・ハム演じるバディとダイナーで対峙する非常に緊迫した場面で使われます。まず、ベイビーがダイナーに到着するとイントロが流れ始めます。車を降りて、デボラの顔を確認しつつお店に入る。そこでカメラがバディを映す。ここまでが長回しです。そしてカメラを切り替えてベイビーのバストショット、さらに切り替わってハムがコーヒーを飲み始めるところで、ちょうど曲のイントロが終わりコーラスが始まる。このDJ感覚。曲と曲ではなく、映像と音楽をミックスしてるように感じます。約40秒もある曲のイントロの間、映像は長回ししてるのが効いてますね。DJが曲と曲を混ぜてるときの浮遊感、異質なものが混ざり合っているあの狭間の時間と似たような効果があると思います。

また、バディがベイビーのイヤホンの片方を付けて歌い始めるところ(ここでは「絶対に諦めずに追い続ける」というラブソング歌詞が、その後のベイビーとの対決を示唆しています)にいたると、曲がメロウで感動するのに異様に怖さと緊張感があります。緊張と緩和が同時にやってくるような、なかなか味わったことのない情感をもたらす選曲と演出ですね。ここまで見事なのは選曲と演出は他にないのでは?

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・主人公"ベイビー"の成長物語と音楽
この映画はまるでミュージカルのように演技と音楽がシンクロしていることが話題になりました。菊地成孔と大谷能生の講義録『アフロ・ディズニー』では、このような音と動きの完全な一致=ディズニー映画的な幼児性、その微妙なズレ=大人という図式を提示していますが、”ベイビー”が主体性を獲得して大人になっていく(そして最後に本名が明らかになる)過程と音楽の演出がまるで並走しているように感じました。

"ベイビー"である主人公は、歌手の母親の事故によって、耳鳴りの後遺症と共に、マザー・コンプレックスを抱えています。他の情報が遮断された中で音と映像を浴びる映画館はしばしば胎内と結び付けられますが、耳鳴りから身を守るために常に音楽に包まれている"ベイビー"の動きは、特に序盤、音楽と完全に合っていますね。また、バディはそんなベイビーに「逃避」という言葉を投げかけています。

ベイビーがデボラをデートに誘う際、エイザ・ゴンザレス演じるダーリンとバディが行ったお店を予約するなど、バディはベイビーにとって大人のモデルでした。しかし中盤、バディもまた、強盗をすることで「逃避」していると指摘される。ここで、ベイビーとバディは鏡像関係にあるというのが分かります。二人はイヤホンをシェアして一緒にクイーン「Brighton Rock」を聴き、バディと対峙することになった前述のダイナーのシーンでもバリー・ホワイトをシェア。最後は、その「Brighton Rock」流した車に乗ったバディと対決します。逃避したまま強盗を続けパートナーを失い最後には破滅していくバディに対して、ベイビーは強盗を拒否し、ろう者の養父を然るべき施設に預けるという決断をし、デボラを強盗に巻き込まないよう自らが捕まって責任を取ります。

この二人の変化に合わせて、音楽の使われ方も変わっていますね。まず、上で述べた、ベイビーが主体的に決断する3つの場面では、直前か直後に必ず音楽が途切れ、耳鳴り=ノイズが流れます。ノイズは音楽と動きとのシンクロが全くなくなった状態とも言えますが、そのノイズ状態を経由した後で流れる音楽とベイビーの動きは、序盤と比べてシンクロが曖昧になる。菊地&大谷の図式を使えばズレ=大人だと言えるかもしれません。反対に、バディの方は、特に終盤、発砲する動きと音楽とが完全に一致するようになります。この対比が非常に上手いです。

卓越したDJ的な選曲と斬新な演出、そしてその手法の新しさとビルドゥングスロマン的な物語が並走しているところが、この映画の傑作たる所以だと言えます。

島 晃一(Soul Matters / CHAMP)



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DJ、ライター。TBSラジオ「アトロク」の「ペデストリアンデッキは都市のDJ」特集に出演/『キネマ旬報』で菊地成孔さんに『ムーンライト』の取材、CDのライナー等を執筆/渋谷TheRoomでSoul Mattersを主宰/ご依頼は soulmatters2014@gmail.com

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