いい仕事をする人

「よく歩かれてるんですね」靴屋は言った。
「中敷きが潰れてましたよ」
修理に出した靴を取りに行ったらそうコメントされて、「ああ、あの人たちにしてみれば、靴を見ればそれくらいわかるんだな」と思う。実際、毎日1、2時間は歩いている。

その靴屋は、客の顔をほとんど見ていない。だから、自分が店に入って行ったときも誰だか理解されていなくて、「靴を引き取るときに出してください」と言われた、靴のデータと自分の名前が書かれた紙を渡して初めて、彼の顔が変わる。

──ああ、あのお客さんね。中敷きが潰れてましたよ。よく歩かれるんですね。

履いている靴と名前の字面によって客を判別しているらしい。そりゃあ、そうだろうな。お客さんが店に滞在する時間が一瞬なのに対して、彼らが履いた靴や、そのために取ったデータと向き合う時間は、ずっと長いのだから。

彼ら職人の頭の中はどうなっているんだろう。名前を見れば、歩き方の癖と靴のサイズがすぐ浮かんでくるんだろうか。それとも彼らが作ったり直したりした靴と、その持ち主の名前とが、なんとなく結びついているんだろうか。謎はつきない。

うるさい人なら「商売なら客の顔を覚えておくのが基本」「おもてなしの心に欠ける云々」と言うかもしれない。だけど、顔を覚えてもらったところで、肝心の靴の作りが甘かったらしょうがない。

修理が終わって戻ってきた靴は、新品同様のツヤを誇り、潰れた形は整えられ、靴底を直すために出した修理だというのに、中敷きと靴紐もきっちり交換されていた。

靴を受け取るだけだったので、自分が店にいたのは1分に満たなかったけれど、その短い時間で何人もの客を見かけた。靴職人としてのキャリアをスタートさせたばかりらしい若い男性もいて、店内は賑やかだった。

質の高い仕事を支持する人がもっと増えればいいな、と思う。

素人が頑張る姿を応援するのが好きな人たちがこの国にはたくさんいて、彼らの気持ちはわかる。だけど同時に、プロの仕事の美しさがもっと尊重され評価されたらいい。

いつだったかどこかの旅館がやらかしたように、ベテラン勢を辞めさせて若い女性を取りそろえることを「おもてなし」だなんて言わないで、質の高い仕事をする人をきちんと登用できる世の中になってほしい。大事なのは枝葉末節のサービスじゃなくて、仕事そのもののクオリティのはずなんだ。

可愛い女の子がニコニコしてくれるわけじゃないし、顔も覚えてくれないおじさんのいる店だけど、私はあの靴屋さんにずっとお世話になる予定。

本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。