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【インタビュー#1】麺屋たけ井新社長・南出恭成に聞く、就任後の1年と現状

麺屋たけ井は、2011 年 1 月 19 日に京都府城陽市にて、竹井光一氏によって創業された、 魚介豚骨系つけ麺を看板メニューとする麺屋である。2015 年 3 月 26 日には株式会社竹井として法人化され、2023 年3月 28 日に株式会社壱番屋が全株式を取得し、連結子会社化 された。十数年でこの躍進は、ラーメン業界のシンデレラストーリーともドリームとも評されるものであるが、麺屋たけ井、株式会社竹井は、ここからさらに、どのような発展を望むのか、どこを目指し、何をしていこうと考えるのか。このnoteはそれを伝えるものである。

Text by 藤原麗(株式会社悠愉自適)


変化への耐性は個人差があれども、組織体制が一新されることは、期待よりも不安が先立つことが多い。株式会社壱番屋の連結子会社化は、従業員のみならず顧客にとっても大きな転換であり、そこからの動向はいやでも耳目を集める。それを一身に受けて立つ新社長のポストに就任した、南出恭成氏に、株式会社竹井に就任後の1年と、ここからの展望について話を聞いた。

新しくなったセントラルキッチンの前に立つ南出恭成社長

星稜高校野球部3年の甲子園から、壱番屋へ

7 月。夏の足音が聞こえてくる⻘空の日に、麺屋たけ井の運営会社である、株式会社竹井の代表取締役に就任したばかりの、南出恭成氏にインタビューを行った。創業者である竹井光一氏も若い経営者であったが、南出社⻑もまた、50 歳と若い。精悍な外見で、絶えず笑顔で受け答えする様子は、いまだ好⻘年と評されてもおかしくない、実直なフレッシュさを感じさせる。夏が似合う人だと思いながら、なにかスポ ーツをされていましたか? 野球とかやっていそうな、と何気なく伺ったところ、返ってきた答えに驚かされた。

「そうです、野球をやっていました。けっこう頑張って野球をやってきまして、補欠ですが、甲子園に出たこともあって。故郷は石川県で、星稜高校の野球部です。そう、 松井秀喜、同級生です!」

言わずと知れた超名門・石川県代表の星稜高校野球部時代
ベンチから声をかけている

松井秀喜に甲子園、とくれば、1992 年 8 月 16 日に阪神甲子園球場で行われた第 74 回全 国高等学校野球選手権大会 2 回戦の明徳義塾高等学校対星稜高等学校戦にて、明徳義塾が、星稜の4 番打者・松井秀喜を 5 打席連続で敬遠した出来事を、多くの人が思い出すことだろう。甲子園の名場面のひとつに数えられ、「勝負はしません!」の実況に揺れたあの夏の、あの日あの時、星稜高校野球部の 3 年生として、若き日の南出社⻑は、 甲子園球場にいたのである。なるほどそれを知ると、ますます夏が似合って見える。今でも野球部の同期で集まって飲むなど交流があると言う南出社⻑だが、その精悍さを裏打ちするのは、仲間たちと⻘春時代の全てを野球に打ち込んで過ごした経験なのだと確信する。

「野球は高校で完全燃焼しました。大学に入ってすぐ、CoCo 壱番屋でバイトを始めまし て、それが大学の 4 年間続き、そのまま株式会社壱番屋に入社しました。バイト時代の皿洗いから始まって、店⻑、スーパーバイザー、営業課⻑、東海エリアや関⻄エリアの営業部⻑と務めてきました。」

壱番屋では東海エリアの営業部長を務めた

目指すは新規30店舗

壱番屋は、年末に人事異動が発表されるのが常だと言う。2022 年の年末、発表された人事異動で、当然来年度も営業部⻑だろうと思っていた南出社⻑の内示はなぜか「人事部付け」。当然、周囲はざわつく。何か失敗をやらかしたのか、はたまた病気か。しかし水面下 の M&A という事情が事情だけに、詳しいことは何も話されないまま 3 ヶ月ほど経った。そして迎えた 3 月上旬。上司に呼ばれた南出社⻑が、「次はここに」と示された先が、麺屋たけ井の新社⻑というポストだったのである。

「びっくりでした。麺屋たけ井さんは、いつも行列のお店があるなと気になって、個人的に食べに行ったことがあったので、どんなお店かまったく知らないことはなかったのですが、まさかでしたし、そうなのか…と」

戸惑いはしたものの、野球でいえばキャプテンや4番に抜擢されたようなものだ。期待に応えたいと奮起する。本社からの要望は2つあった。1 つ目が、関⻄中心に新しく 30 店舗を立ち上げたいということ。2 つ目は、直営店だけの現状からの脱却で、 麺屋たけ井の社員の独立や、CoCo 壱番屋のフランチャイズオーナーの希望から、フランチャイズ店をつくりたいということ。ところが当時のセントラルキッチンは、8店舗分の製造だけでも、ほぼ 24 時間 365 日稼働していた状態で、余力など全くなかった。そこでまず着手したのは、セントラルキッチンの拡充だった。スープや麺の製造基盤を確立させてこそ、店舗を増やして裾野を広げられるからだ。

2024年4月5日に完成した新しいセントラルキッチン
京都府八幡市

株式会社壱番屋が、株式会社竹井の全株式を取得し、連結子会社化したと発表したのが、 2023 年 3 月 28 日。新セントラルキッチンが竣工したのが 2024 年 4 月 5 日である。発表からわずか1年でのセントラルキッチン新設プロジェクトの完遂は、製造基盤の確立を最優先事項として、スピード感をもって取り組んだことが窺える。

これを皮切りに、麺屋たけ井は 2024 年 5 月 28 日に草津店、9 月 1 日に羽曳野店をオープンさせるに至る。旧体制にあっても、2018 年 10 月 19 日の洛⻄口店のオープンから、難波店、高槻店、 樟葉店、貝塚店と毎年 1 店舗オープンするという目覚ましい急成⻑を見せていたが、新体制ではそれを上回る勢いで出店数を増やしている。

2024年9月1日にオープンした、麺屋たけ井 羽曳野店。
連結子会社化後、草津店に続く2店舗目。麺屋たけ井としては10店舗目となる直営店。

「店舗展開については、勝手にですが、東方面に広げていけたらなとは考えてはいます。 壱番屋の本社が一宮市にあり、自分も東海エリアの営業部⻑だったこともあり、強みを感じるところが理由なのですが、⻄方面に行かないというわけでは決してなくて、いいところがあれば、チャンスがあればと思っています。(故郷の石川県には? と聞かれて)石川にもチ ャンスがあればもちろん! 北陸にも受け入れてもらえる味だと思っています。」

CoCo 壱番屋のフランチャイズオーナーは全国で約 550 人いるが、関⻄エリアだけでも、 麺屋という新分野展開に興味を示しているオーナーは多いという。運営実績などのクリア すべき条件等はあるものの、株式会社竹井では、加盟に興味がある人に向けての説明会を開催するための準備を少しずつ進めている。その際に、CoCo 壱番屋を運営している本社があることは、ノウハウを共有してもらえる部分でとても良い連携ができているようで、とんとん拍子で話が進み、すぐにでもフランチャイズ店の立ち上げは実現するのではないかという期待を感じさせる。

「でも一番は、うちの社員からの独立店を出したいんです。独立志望の社員の支援をしたい。もちろん、その独立店は全社一丸となって成功させなければならない。これらの展望をもった今、一番欲しいのはマンパワー。人です。一緒にやっていける人が欲しいです。」

2024年5月28日にオープンした草津店は滋賀初出店だった
オープン後の数ヶ月は、各店舗の店長が集結し営業を支えた

頑張ろうと思って来てくれる人がほしい

日本の総人口は 2008 年をピークに減少に転じ、それに比例して労働力人口も減り続け、 有効求人倍率は 1 倍を超えるなど、企業の人手不足も深刻となっている。ましてや成⻑性の高い企業においては、適切な人材の確保は必要不可欠であることは明らかである。
では、麺屋たけ井、株式会社竹井が求める人材とは? その質問の答えは、極めてシンプルだった。

「頑張ろうと思ってくれる人です。経験がなくてもいいし、性別も問わない、年齢制限もありません。フンワリしていますよね、すみません。でも本当に、頑張ろうと思って来てくれる人が一番ほしい人材です。」

未経験歓迎はよくある話だが、若い世代が多いという印象が根強いラーメン業界にあって、年齢制限がないとは言われても、仕事がきつくて淘汰されていくということでは...と勘繰ってしまうが、麺屋たけ井の従業員のなかで最年⻑はなんと 60 歳! そのぐらいの歳でも現場で働けるのかとシンプルに驚いてしまう。40 代、50 代でも、頑張ろうという気持ちがあれば大歓迎だと南出社⻑はいう。

「2023 年 10 月に給料改定を行いました。勤務時間も毎月、従業員労働時間調査を実施して、労働時間は日時で調整し、勤務時間がオーバーしないように本社で管理をしています。 仮に残業時間がオーバーした場合は 1 分単位で残業代をお支払いしています。ラーメン屋はブラックな職場だと思われたくないので、働きやすい労働環境をしっかり整えています。 ですから年齢が高くても働けますし、女性には体力面でラーメン屋勤務を敬遠されがちで すが、問題なく働けると思っています。大歓迎です。

そして逆に若くても、店⻑になれます。飲食店経験があるがラーメン屋で働くのは初めてという 30 歳になったばかりの人が 2 人いるのですが、半年ぐらいで店⻑に昇格していま す。若くても資質があればどんどんキャリアアップしますし、店⻑クラスからは給料もぐっと高くなります。資質でいうと、経験者有利なのはどこも同じだと思いますが、私はそれは 作業面で手慣れているからではないと考えています。気持ちの良い接客や、周囲への気配り 目配りが、“出来るようになるぞと思って頑張れる”、ことが資質だと、私は思っています。」

それが求められる資質であれば、確かに経験も性別も年齢も不問である。“頑張ろうと思う”ことは、個人の裁量であり、人には委ねられない。技術だけではなく意志の力に重きを置き、自分がどうあるかを問う南出社長の姿勢には、かつてイチローが引退会見で「団体競技だけど個人競技。それが野球の面白さ」と話したことを想起させる。甲子園に出場し、その歴史に刻まれた場面を作ったひとりの野球少年だった南出社長は幾度となく、チームの中にいる、自分という個と向き合ってきただろう。個々がこうありたいという意志をもって取り組み活躍するその先に、チームとしての飛躍があることを知っている人から出た言葉だからこそ、「頑張ろうと思って来てくれる人が欲しい」は、決してフンワリした表現ではなかった。

変わらないものと新しいもの、どちらも大事にしたい

社長室は設けず、皆と机を並べ、
顔が見えて話しやすいところで仕事をする

「こちらに来る前に、壱番屋の二代目社⻑を務められた浜島会⻑に呼び出されて、『従業員を一番大事に考えてやれよ』と言われて送り出されてきました。私の使命は、麺屋たけ井 が壱番屋と一緒になってよかったと、皆に思ってもらうことだと思っています。それは従業員にも、お客様にも。」

南出社⻑がここで、お客様にも、と強調したのには理由があった。SNS を中心に、「麺屋 たけ井がチェーン店化する、味が変わるのだろうか、チェーン店の味になるんだろうか」と 危惧する声が届いているからである。

「味については、創業者の竹井光一会⻑が今も監査しています。セントラルキッチンには、最低でも週3回来ていただいて、味のチェックをしてもらっています。各店舗も見回り、オペレーションや、味のチェックをしています。セントラルキッチンは麺屋たけ井の製造専用のものですし、従業員も皆そのまま引き続き勤務しています。新しいキッチンになって、 より安全面に配慮され、安定したクオリティのスープや麺を提供できるようになったということなので、心配されているようなことはないと思っていただいて、良いのかなと思います」

組織変更の際には、社員の混乱やモチベーション低下のリスクがあるが、新体制になってからも、会長となった竹井光一氏はもとより幹部や社員も変わらず現場に残り、味やオペレーションのクオリティ保持を支えているという現状からは、そのような問題は生じていないことがわかる。むしろ一丸となって取り組む様子からは、これまで評価されてきたことを大切に守り抜くという強い意志すら感じさせる。それを容認した南出社長も、同じ気持ちだろう。また同時に、セントラルキッチン拡張で生産体制を整え、社員独立やFCを含む店舗拡大という新しい展開へと歩を進めるという、成長性にコストの比重を置いた新分野展開は、これは変化ではなく進化だという説得力のあるものとなった。

株式会社壱番屋は、「麺屋たけ井」の商品力や成⻑性を高く評価し、企業価値の向上に繋がるとの判断から、連結子会社化を決意した。その意向を受けて就任した南出社⻑のスタートは上々のようだ。製造基盤、従業員の労働環境が整えられ、出店に意欲的な社員や飲食店オーナーを迎える態勢が今、万全になろうとしている。