全然美容師に話しかけられない問題
髪を切ってもらうときは美容室に行く。
美容室でなくてはならない理由は、これと言ってない。
ただ、なんとなく見た目に気を使っている気分になれる――自宅でちゃんとヘアスタイルを整えないのだから大して意味はないのだが――からだ。
それに、近所の理髪店は、安くて床が汚いところと、やたら綺麗で高価なところしかない、というのも理由の一つになるだろうか。
その点、美容室は初回クーポンなどを駆使すればある程度安く切ってもらえる。まあそれ故、美容室を渡り歩く、いわゆる「美容室ジプシー」と化しているのだが――。
兎角、私は髪を美容室で切ってもらっているのだが、「美容室あるある」なのが、「やたら美容師に話しかけられる問題」である。
ただ黙って髪を切るなり梳くなりしてヘアスタイルを作ってくれればいいのに、どうして彼/彼女らは積極的にコミュニケーションをとろうとしてくるのか。
これは、繰り返し持ち出されすぎた、「今更」すぎるものであろう。
美容師サイドの言い分はこうである。
会話の中から、その人の生活の有り様を想定し、その要求になにかプラスアルファした仕上がりを提供したい――。
たとえば、どのような職種なのかとか、これからデートなのかとか、日々の手入れはどれほど手慣れているのかなど。
理由を言われれば「なるほど」と一度頷いてしまいそうになるが、それでも話しかけられたくない人はいるだろう。
かくいう私も、誰かと、特に見知らぬ人と会話をするのは得意ではない。
だから私も、美容師にはあまり話しかけられたくない側の人間である。
しかし困ったことに、私の中には、話しかけてほしくない自分のほかに、美容師から積極的に話しかけられたい自分も同時に存在している。
これは別に、他人との会話に飢えているから、ということではない。
話しかけられたほうが「なんかネタになりそうだから」。
SNSやネット記事への投稿に毒された、まるでラジオの収録までにトークのネタが出来ていない芸人の真似事みたいな不純な動機である。
それ故、あくまで「まあ、話しかけないでくださいね」というスタンスで私は施術に臨む。そして、そのスタンスに反し「こんなことを話してきたんですよ」というファクトが生じることを望んでいる。
まあ、なんとも厄介な客だと我ながら思う。
美容室で話しかけられない方法は、雑誌から目を逸らさないことだという。
席に置かれるファッション誌に目を通していることが「話しかけないで」というアピールになり、最低限の「確認」程度しかされないとかなんとか。
その点で言うと私は――まあ裸眼の視力が悪すぎて文字なんざ一つも見えないという切実な理由はあるのだが――雑誌にまったく手を付けないストロングスタイルだ。
つまり、話しかけられる準備は万端なのである。
しかし――幸か不幸か――、私は美容室から全然話しかけられない。
きっと私から、アピールするまでもない「話しかけるなオーラ」が出ているのだろう。または「この人、コミュニケーション苦手な人だ」と思わせる特徴を、どこか備えているのだろう。
少なくとも、最初に希望の髪型を訊かれた際の、雑すぎるオーダーから、プロである彼/彼女らは、私の「スタンス」を瞬時に解し、それに沿うように振る舞ってくれているのだ。
この人、たぶんヘアスタイルとかそんな興味ない人だ、みたいに。
だから、本来これは喜ばしいと捉えるべきことなのだ。
しかしこれを「美味しくない」と、残念がっている自分もいる。
私は、そんなバカみたいな、面倒くさくてわがままな、アンビバレントな感情を、美容師に対して抱いている。
正直、なにか雑誌を読むなら「Begin」とかじゃなくて「週刊少年ジャンプ」の方が良い。
髪を切ることやヘアスタイルにも、まったく興味を持てない。
だからきっと、私には理容室とか1000円カットがベターな選択なのだ。
それでもきっと私はこれからも、同じように初めての美容室に行き、そして話しかけられるのを、見えない尻尾を振って待ちながら、しかし話しかけられないことを繰り返すのだろう、と思う。
この「全然美容師に話しかけられない問題」は、特定の人からは羨ましがられそうだが、そして実際それで得している部分もあるのだが、しかし私には、少しばかり深刻な問題なのである。
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