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特別定額給付金を申請した

去る8月12日、特別定額給付金の申請書類を投函した。

「特別定額給付金を受け取れる気がしない」というエッセイを投稿したのが6月6日。足掛け2ヶ月を超える長い戦いだった。

終わってみれば簡単な作業だった。


噂のマイナンバーを使ったネット申請は、私がマイナンバーを覚えていなかったので使えなかった。

あるいは、マイナンバーに対し「覚える」という言葉を使うこと自体が不適切なのかもしれないし、調べようもあったのかもしれないが、それを考えることすら億劫だった。

このため、私の給付金申請は紙ベースで行うこととなった。


紙での申請の場合、送付されてきた書類に少しばかりの必要事項を記入し、身分証明書および口座番号を示すもの――キャッシュカードや通帳――のコピーと先の記入した書類を返信用封筒に同封して投函すれば完了だった。

私は、私のズボラさを自覚していたから、書類は届いたその日に書いた。

あとは出すだけだ! と息巻いたところで、上述の「コピー」の文字が目に入った。その途端、一気にやる気がそがれてしまった。

「面倒だな」

そう思って、私は書類を封筒に入れて机の上に放ったらかしにした。

その上に、私は本をどんどん積んでいってしまった。

私は10万円をちゃんと受け取ることができるだろうか。
申請書の入った封筒は、積み重ねられた本の下敷きになっている。
(「特別定額給付金を受け取れる気がしない」より)


私の家にはコピー機やプリンタの類がないため、コピーをするためには近くのコンビニに行く必要があった。

たしかにひと手間かかるが、言ってしまえば「たかがそれだけ」だ。

しかし、私にはその一工程が、どうしても出来なかった。


べつに給付金の受取拒否をしたいのではなかった。

だから家を出るときは、「今日こそは帰りにコンビニで免許証とカードをコピーして帰るぞ」と決意していた。

なのに私は、いつも決まってそれを忘れて家に帰るのだった。

家に帰り一息ついたところで「あ、今日もコピー忘れた!」と気づくのだが、そこからまた家を出る元気はなかった。

そして、「今日も申請できなかったな」と悔やむのだった。

そんな具合で、私はこの一工程をやれないまま、2ヶ月以上ずっとこの「今日も申請できなかった」という悔恨を繰り返していた。


冒頭で述べたように、私はなんとか申請書類を投函した。

これで晴れて私も、「給付金まだ来ないんだけど」と愚痴を言っても許される側の人間となったわけである。

つまり、給付金に関する話題に大手を振って参加できる手形を得たのだ。

申請が滞っていたときは、「また今日も忘れた」と気づいたときの自己嫌悪もさることながら、給付金の会話に参加できないのもなかなか辛かった。

たとえば、会社の会議冒頭に「給付金届きました?」とか「給付金でなに買いましたか?」みたいな雑談があったとき、私はそこで何も言うことができなかったのだ。


無論、その場で「申請まだなんですよね」と正直に打ち明けるという選択肢も存在する。

しかし、私はそれが許される「見た目」ではない。

そういうのは、もっと「豪放磊落」だったり、「芸術家肌」だったり、「社会に溶け込めなさそう」だったりする人でないとネタにならないのだ。

私はいつも、文章では「社会でうまくやっていけない」と書いているし、上述の内容を加味しても、あまり「生活が上手ではない」と思っている。

しかし困ったことに、私はそれがネタになりうるような、先述の印象を与える「見た目」をしていないのだ。


昔から「真面目そう」とばかり言われてきた。これといった尖った特徴もない内向的な人が、第一印象のみでカテゴライズされる「真面目」な人――。

そんな「真面目」な私が、給付金申請という簡単な作業がずぼらさ故に出来ていないと告白しても、その「意外性」による振り幅が大きすぎて、いっさいウケることなく、ただ「引かれ」てしまうだろう。

給付金の雑談を作り笑いでやり過ごす際、「やらなきゃなあ」という焦りとともに、ずぼらさがネタや愛らしさになる類の人であればよかったのに、とないものねだりの悔しさを感じていた。


しかし、そんな悔しさも、申請を終えた今となっては些末なものだ。

私はもう「ちゃんと申請した」と胸を張って言えるし、キャラ的に申請していないって言えないよな――とか悩む必要もない。

私は、公共料金の支払を忘れる星野源にはなれないし、ネズミのかかる病気にかかる鈴木もぐらにもなれないけれど、10万円を受け取ることが出来る。

いま私が願うことは、こんなにも申請が遅くなったくせに虫のいい話だとは思うが、早く10万円が振り込まれることだ。

私は今、「給付金で何を買ったか」の話に、参加したくてたまらないのだ。



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