見出し画像

特集 日英同盟の罠

 

2006年 東京外大 第1問
日英同盟の締結から破棄にいたるまでの過程を、国際秩序の変化をふまえながら400字以内で説明しなさい。その際、以下の語句を必ず用いなさい。
ロシア  アメリカ合衆国  第一次世界大戦  ワシントン会議  二十一カ条の要求


 これは東京外国語大学にとって特別な意味を持つ入試問題。2006年「世界史」第1問の論述問題だ。それまで東京外大の前期の試験科目は英語と小論文だった。2006年から小論文に代わって新たに世界史が受験科目となり、試験科目は英語と世界史の2科目とされた。いまでは日本史での受験も可能だが、2014年までは世界史が必修だった。募集要項には「日本を含む近現代史を中心に出題する」と出題範囲が明記された。どんな意図があって、外大当局はこのような入試改革を行ったのだろう。改革後、最初の出題となる2006年の世界史の問題は特に注目された。見事な出題だったと思う。


 2020年9月16日に総辞職した安倍晋三内閣憲政史上最長の長期政権となった。この政権が成立させた法律の中で、日本の国のあり方を根本から変えた重要な法律が2015年に成立した安全保障関連法(安保法)だ。戦後タブーとされてきた集団的自衛権の行使が可能となり、戦後日本の安全保障政策は大きく転換した。同盟国が攻撃されると、日本は直接攻撃を受けていなくても戦争に参加できる。現在、日本は日米安全保障条約でアメリカと同盟関係にある。今後、アメリカは自国の戦争に協力させるため、日本に自衛隊の派遣を求めてくるかもしれない。日本はアメリカの戦争に巻き込まれる可能性が出てきた。かつて日本は当時の覇権国家であるイギリスと同盟関係を結んだ。日英同盟締結後、まもなく日本は日露戦争を戦い、かろうじて勝利した。日英同盟日露戦争で日本はどう変わったのだろう。


 この短かな講義の後で、夏目漱石の『それから』の一節を読んでもらう。漱石の前期三部作『三四郎』『それから』『門』。『それから』は親友の妻を好きになってしまった主人公の苦悩が描かれている。この小説は日露戦争後の1909年、朝日新聞に連載された。漱石が恐ろしいほど正確に当時の日本のおかれた状況を理解し、強い危機感を抱いていたことがわかる。その危機感は現在の日本にも当てはまる。私は2年前、大動脈解離の手術の直後、集中治療室で約1カ月間を過ごした。困難な状況が続く中で、まず差し入れてもらった本がこの『それから』だった。そのときの感動を少しでも伝えることができたら、こんなに嬉しいことはない。


目次
⑴義和団事件と南アフリカ戦争

⑵三国干渉と旅順
⑶日露戦争と満鉄

おわりに 漱石の「それから」


 19世紀覇権国家だったイギリスは、圧倒的な工業力と海軍力を背景にどの国とも同盟を結ばない「光栄ある孤立」政策を展開してきた。20世紀初め、イギリスが従来の政策を転換して初めて同盟を結んだ相手は、ヨーロッパの列強でもアメリカでもなく、極東の島国・日本だった。1902年に締結された日英同盟は世界に衝撃を与えた。現代の日本人はそのことを誇らしく思うかもしれない。日本は世界のリーダーに同盟相手として選ばれたのだと。しかし、そこにはイギリスらしい、したたかな計算が働いていた。まもなく日本は、イギリスとアメリカに対して莫大な借金を抱えて苦しみ、中国大陸への侵略を進め、国際社会から孤立していく。


ここから先は

10,570字 / 1画像
この記事のみ ¥ 200

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?