見出し画像

僕はきっと、この気持ちを忘れてしまう。

長い長い梅雨は明けたのだろうか、何週間かぶりにしっかり太陽光線を浴びた気がした。ずっと洗いたかったベッドシーツを洗濯機にかけ、ベランダに干した。時刻は16時を回った頃、まだ陽は高く、夏の匂いがした。

ちょっと油断すると部屋は埃っぽくなってしまう。今が好機とばかりに、部屋の窓を開け放ち、隅々まで掃除をした。あらかた終わり、ユニットバスで足に冷水をかけ流してみると、存外気分がいい。足を拭き、冷蔵庫から飲みかけのドクター・ペッパーを取り出した。

ペットボトル入りで、気が抜けてしまった炭酸飲料のただただ甘ったるい味わいが、喉の奥に流れていく音がした。やっぱり缶の方が美味いな、と独りごちて、空のペットボトルをシンクに置いた。これを洗うのは明日でいい。

その日は、冷房をつけずにいられるギリギリの気温だった。黒いタワー型扇風機の電源を入れ、首振り運転の人工的な風を味わった。一人暮らしを始める時にお洒落だと思って買ったものの、送風音が煩くて就寝時には向かない、不器用なマシンだった。

ベッドシーツはまだ乾いていなかった。シーツの掛かっていないマットレスに横になり、AIスピーカーに音楽をかけさせた。白いカーテンから柔らかく部屋に射し込む光と風は、長い雨天で澱んだ部屋の空気を浄化してくれるようだった。

じわりと汗をかく、という種類の心地よさがある。自然光で照らされた部屋の天井を眺めながら、音楽に耳を傾けた。スピーカーから流れるバンドのボーカルが、忘れないで、忘れないで、と叫んでいた。

あと何度この天井を眺めるだろうか。あと何度、こんな夏の風の薫りを嗅げるのだろうか。口の中に仄かに残るドクペの甘さもいずれ消えてしまうだろう。僕はきっと、この気持ちを忘れてしまう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?