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短いおはなし7

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#詩

老犬の冬の鼻先。

老犬の冬の鼻先。

朝起きるとわたしは人間ではなく、いちごの薫りだった。窓のすきまから部屋を抜け出し、初冬の大気にのびのびとなじんだ。すぐに海までゆけた。わたしは、眩しそうに海を見ていた老犬の冬の鼻先をかすめた。老犬は不思議そうに、しばらくの間、いちごの薫りをさがしていた。

その傷と静かに暮らす。

その傷と静かに暮らす。

男の子と女の子が
夜の町を歩いていた。
沈丁花の薫りがするから
遠回りしよう
男の子が言った。
海の近くの町だったから
春の海のほのかな薫りと
沈丁花の薫りが混ざりあった。

男の子はそれが一生の
傷になるとは思わなかった。
そしてその傷と静かに
暮らせるようになるとも
思わなかった。

なぜ花を植えるのか。

なぜ花を植えるのか。

きつねは思った。
おれはひとがなぜ花を植えるか
知っている。
喪失を埋め合わせようと
しているからだ。
喪失から花が咲く。
創造や気づきや出会いが
生まれる。
それで埋まるわけじゃない。
つらさが消えるわけじゃない。
問題が解決するわけじゃない。
でもその花は
冷たい朝陽に輝いている。

失っても、こころが忘れても、身体に残っている。

失っても、こころが忘れても、身体に残っている。

子ぐまが訊いた。
なにも残らない。
生きることは悲しいこと?

クマが答えた。
そうだね。
ただね、近しいひとが
花を飾っていたこと、旅先の朝の匂い。
美しいもの。
きみの身体に残っている。
それが、ふとした時に
仕草に、習慣に、言葉に出てしまう。
生きることは
悲しくて素敵なことさ。

新作「おまもりの森」のCDについて。

新作「おまもりの森」のCDについて。

ふじやしおりさんの作品は、初めて「暗闇の森、その先のちいさな町」という展示を見た時から、しんとした冷たさ、やすらかなおもたさが、わたしにとってはかけがえない。

一緒に、「すみれ詩集」「野うさぎ詩集」とつくらせていただき、「ドライアド」の撮影の時は、しおりさんがよく行く森でふたりで無心で、木の実や花を集めて飾ったりしていた。僭越だが、性別、年齢などあまり関係のない〝森のともだち〟のような気がする。

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どんなともだちがほしい?

どんなともだちがほしい?

どんなともだちがほしい?
子ぐまが訊いた。
たよれるひと?
いやされるひと?

クマが答えた。

風景をくれるひと。

ヴィオラだけを持って生きなさい。

ヴィオラだけを持って生きなさい。

少年は生まれる前に
誰かに言われた。

ヴィオラだけを持って生きなさい。
あなたが多くを失ったときに。

少年はその言葉を忘れ大人になった。
多くを欲しがり手に入れ失った。

大人になった少年は彷徨い
たどり着いた未来のゲートで
守衛に持ち物を訊かれ答えた。

ヴィオラだけを持ってきました。

うたははじまりたがっている。

うたははじまりたがっている。

ことばを忘れてしまいたい。
自分を忘れてしまいたい。

森のなかで強く握りすぎていた
手を放す。
すべて忘れてしまったわたしは
うただけうたう。
それは知らないのに
知っていたうた。

わたしの中で
はじまりたがっていたうた。

うたははじまりたがっている。

またせたね。
#ドライアド

うさぎの耳に誓って。

うさぎの耳に誓って。

きつねは今日も誓った。

ドジなので
今日もすこしでもドジを
防ぎます。
丁寧に冷静にわかってもらえる
努力をします。
力みすぎずときどき深呼吸します。
ひとのきもちを大事にします。
長い目でみて
自分を大事にします。

うさぎの耳に誓って。

ウインターケーキ。

ウインターケーキ。

そしてそして

マスカルポーネ入り
クリームがあまっていたので
ケーキをもうひとつつくった。

〝ウインターケーキ〟

雪の下には
ベリーがぎっしり。

祈りは誰のもの。

祈りは誰のもの。

羊の牧師が子ぐまに言った。

祈りは、清のものではなくて
濁が切実に必要とするもの。
だから安心して。
祈りはあなたのもの。

簡単に事態は良くならない。
簡単にあなたは変わらない。

けれど
今日も小声でよいことが
なにかあるはず。
今日もよくなろうと
こりずに取り組めるはず。

その間、悲しむのをやめなければならない。

その間、悲しむのをやめなければならない。

きみがどんな闇の底にいても
じっと待っていればいい。

やがてそれはあらわれ
通りすぎる。

その間、音をたててはならない。
その間、悲しむのをやめなければ
ならない。

それはきみの独善的な悲しみより
尊いものだから。

そしてきみは思う。

自分の神話を
信じていて良かった。
#ドライアド_

そろそろ冬のピアノが生えるころ。

そろそろ冬のピアノが生えるころ。

森のあちこちには
ピアノが生えている。

そろそろ冬のピアノが生えるころ。

きのこやいちごみたいに
見つけにゆく。

それはピアノのかたちを
していないかもしれない。

シダの葉を弾いてみてたら
音がするかもしれない。

真実はいつも真実のかたちを
していないかもしれない。
#ドライアド_