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#超短編小説
やらないだけで、自分を嫌っていた。
きつねは普通のことができなかった。部屋は汚れ、そんな自分をだめな奴、世界に嫌われてる、と思った。ある日、風呂場を掃除した。汚れは簡単に落ちた。やらないだけだった。落ちにくいものも磨いていると落ちた。世界が輝き微笑みかけた。自分が少し好きになった。やらないだけで自分を嫌っていた。
ゆうべ惑星を買った。
惑星。
ゆうべ惑星を買った。
惑星は寂しがりで
上着のポケットに入りたがった。
惑星を手のひらでくるみ
ポケットに入れ電車に乗った。
電車は海をすべり沖合の教会で降りた。
惑星はその庭が気に入って根付き
オルガンに合わせて
うたうように色を変えた。
惑星をおいてひとり
帰りの電車に乗った。
しあわせって不幸をかみしめすぎないことかな。
きつねは思った。
しあわせって
不幸をかみしめすぎないことかな。
不幸はいつも誰にでも
多かれ少なかれある。
しあわせに見える人は
しあわせでいっぱいではなくて
不幸をかみしめすぎていない
だけかもな。
「ちいさな庭のあるちいさなホテル」
「#ちいさな庭のあるちいさなホテル」
世界の果てのどこかに
ちいさな庭のある
ちいさなホテルがあった。
宿泊者は野原のような草花に
気持ちを解いた。
朝食やブランチは
庭で鳥の声を聴きながら。
近くの評判の良い
ベーカリーから
あつあつのパンが
届けられた。
雨は海と花に音を立てていた。
こころのおくそこの
春のホテルで男は
朝、お風呂をつくった。
お湯を止めると雨の音がした。
雨は海と花に音を立てていた。
湯舟でその音をじっと聴いた。
同じように雨音を聴いている
しろながすくじらや
とびうおたちのことを考えた。
冷たい風が吹き桜が海に散った。
海がすこし薫った。
その傷と静かに暮らす。
男の子と女の子が
夜の町を歩いていた。
沈丁花の薫りがするから
遠回りしよう
男の子が言った。
海の近くの町だったから
春の海のほのかな薫りと
沈丁花の薫りが混ざりあった。
男の子はそれが一生の
傷になるとは思わなかった。
そしてその傷と静かに
暮らせるようになるとも
思わなかった。
きみが映画監督ならどんな主人公がいい?
神様がきつねに訊いた。
きみが映画監督ならどんな
主人公がいい?
きつねが答えた。
なんでもできるひと、
きれいに暮らしておおらかで
みたいなのはウソっぽいな。
カリカリしてしまって
反省して大根が美味しく炊けたら
うれしくなるみたいな主人公かな。
神様が言った。
それはきみだね。