マガジンのカバー画像

短いおはなし

100
短いおはなし
運営しているクリエイター

記事一覧

残された島が見る夢。

残された島が見る夢。

最後の太陽がこの世界から去ってゆくと、
島だけが残された。
島は夢を見た。
朝日が昇りビオラがそよぐ世界の夢を。
島は二度と目を覚まさなかった。
島が見る夢の中で男は朝の支度をした。
時々男は自分が暗い海に
ぽつんと浮かんでいるような気になる。
そして花屋に並ぶビオラになぜか惹かれる。

マフラーを巻いたネコ。

マフラーを巻いたネコ。

列車でマフラーを巻いたネコが話しかけてきた。
悲しそうだね、なにかあった?
わたしが不幸な身の上話をするとネコが言った。
なるほど、でも不幸は悲しくないよ、
ただの事実だよ。
悲しいというのは、美しいときに使う感情だよ。
よければこれからうたを聞きにいかない?
美しくて悲しくなるうたを。

どうか今日も。

どうか今日も。

ああ、どうか今日も錯覚のような馴れ合いや
成功に惑わされませんように。
錯覚のような悪意やすれちがいの真意に
気づけますように。
なにも起こらず、静かでひんやりとして、
平凡で不恰好で、豊かな世界の秘密に
少しでも触れられますように。

クマのコヤ。

クマのコヤ。



クマは週末、森のコヤで過ごす。
コヤは湖の近く。
綺麗な水が四季の樹々を映す。
コヤには本棚と暖炉。
夜は暖炉のゆらめく炎をじっと見つめて過ごす。
眠るときは好きな景色や
好きなひとのことを考えながら眠る。
冬の夜空に月が高く昇り、
暗く豊かな森がクマとクマのコヤを
物語りのようにそっと隠す。

ただの可能性と好奇心。

ただの可能性と好奇心。

クマが知り合いの子ぐまに言った。
これはある歌手のうた。
ここに書いてあるうたを僕は全部は知らない。
だからこれを見ながらずっとうたがつくれる。
知らないことは希望、不完全なことは希望だからね。
たとえ死ぬ間際でも僕が誰かと聞かれたら、
ただの可能性と好奇心、と答える。
きみもそうだろ?

次の季節も。

次の季節も。

秋、クマは土の温度が下がる前に
来年の春の球根を仕込んだ。
来年の春、日々はどうなっているだろう、
漠然とした不安。
きっと運命はまた否応なく押し寄せてくるだろう。
ただ、と、クマは思った、
運命がどうであろうと、
庭には花を咲かせていよう、
次の季節も、次の次の季節も。
祈るように。

あなたがあなたに嘘をついてないか見張ってる。

あなたがあなたに嘘をついてないか見張ってる。

ねこが言った。
あなたが、ダメだろうが欠陥だろうが
逃げようが最低だろうが
そんなことはどうでもいいわ。
ただあなたがあなたに嘘をつかなければ
あなたが息絶えるとき少し誉めてあげる。
ことばのひとつ、メロディのひとつ、
タッチのひとつまで嘘がないか、
この青い瞳で見張ってる。
健闘を祈るわ。

野原のように空っぽ。

野原のように空っぽ。

ドクターが、クマに聴診器をあてて言った。
あなた、意味と価値を求めすぎてますね。
いいですか、あなたの中も、この世界も、
野原のように空っぽです。
なぜ生まれて来たかわかりますか?
その野原にねっころがってうたたねするためです。
気持ち良さそうでしょ。
生きることは気持ちの良いものなのです。

雨や土のことを知るのが好き。

雨や土のことを知るのが好き。



プライドが高く自己顕示欲の強いきつねが
バラに言った。
なぜきみはこんな地味なところで咲いているの?
バラは答えた。
わたしはこの場所でわたしの葉や根を通して、
雨や土のことを知るのが好き。
いびつで美しい世界の成り立ちを知るのが好き。
その中で生かされている
自分のことを知るのが好き。

ベルガモット。

ベルガモット。

朝は、いつも、ダイニングテーブルで
僕の天使と悪魔が寝起き顔でボーとしている。
僕は彼らにベルガモットのお茶を淹れて、
朝食の仕度をする。
今朝は寒くストーブを出した。
小さな音でチェットベイカーの
all bluseを聞きながらみんなで朝食を済ませると、
支度をして僕は彼らと一緒に出掛けた。

悲しいときはどうすればいいの?

悲しいときはどうすればいいの?

ジャコウネコの男の子は眠る前に父親に聞いた。
お父さん、悲しい時はどうすればいいの?
父親は答えた。
うんと遠くの町のことを考えてごらん。
そこでは仲のいい電気スタンドの兄弟が
夜遅くまでじゃれ合ってる。
お母さんにもう寝なさいと叱られる。
兄弟は遊びつかれて眠る。
君と同じように眠る。

男は電車を乗り過ごし。

男は電車を乗り過ごし。



男は電車を乗り過ごし、暗いみずうみにいた。
男のこころはよりどころがなく、
心細い幽霊のように水面を漂った。
男はこころをそこに置いたまま帰りの電車に乗った。
男のこころは、すこし時間がかかったが、
次第にみずうみでの暮らしになじんだ。
いまでは、あたりの樹々を心地よくそよがせている。

のどが鳴ってしまうよ。

のどが鳴ってしまうよ。

クマが好きになるひとはどこか自分に似ていた。
クマが嫌いなひともどこか自分に似ていた。
自分が好きで自分が嫌いなだけなんだ、と
クマは秋の朝、ため息をついた。
そんなクマに窓辺のネコが言った。
ところであんた、またうたっておくれよ、
よく眠れるんだよ。
のどが鳴ってしまうよ。

僕の身体が透けてしまうから。

僕の身体が透けてしまうから。



丘の上の墓地で眠る僕は、
10月になると麦風にくすぐられて目を覚ます。
僕は森のなかのみずうみで彼女と会う。
彼女は蝋燭の灯を消す。
僕の身体が透けてしまうから。
灯を消すと暗がりに森が浮かびあがる。
しゃべれない僕のかわりに
浮かびあがる10月の森のすべてがさざめく。