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群衆哀歌 04

風木 愁 -Syu Kazaki-

Before…

【六】

 喫煙所で煙草に火を点け、山浜哀勝はやっと落ち着くことができた。男に囲まれて過ごしているが、心を許せる男は一人もいない。編入して間もない私は、色々な男に声を掛けてネットワークを構築した。ルックスは中の上だと昔言われたことがあったなぁ。お陰で男付き合いには苦労しない。寧ろ向こうから寄ってきてくれてやりやすい。学生生活に不自由しないように、隅々まで網を張り巡らせ、今に至る。

 男に絞ったのは理由がある。かつては平凡な女子だった。女友達と遊び、彼氏ができたこともあった。どこにでもいる「女子」だったんだけどなぁ。

 どうしてこうなってしまったのだろう。何処の歯車を掛け間違えたのだろう。今更考えても無駄なことは私が一番よく分かっている。煙草のパッケージに描かれている王冠を見つめながら、溜息と共に煙を吐く。
 今の大学に編入して、交友関係ネットワークを作り出してからすぐに、裏で小汚い陰口を叩かれ始めたのは知っている。「ビッチ」やら「誰にでも股を開く」、等。もっと汚い言葉をわざと聞こえるように言われていたこともある。
 そんな下衆の嫉妬を気にしていては生きていけない。自分の未来を見よう。過去も現在もどうでもいい。未来への足掛かりに過ぎないのだから。

 そういえば、殆どの男に声掛けたけど、今日前の席に座ってた風変わりなあいつ誰だろう。髪青っぽくて目立ってたのに、何で今まで気づかなかったんだろうな。まぁ、いっか。もうこの学校で過ごすのに困らないし。

 そう言い聞かせるように「将来のため、将来のため」と呟き、最後のひと吸いを吐いて火種を押し潰した。

【七】

 雨が降り始めた午後七時半、春と合流した。
 春は相変わらずお喋りだが、何となく違和感がある。言葉では形容し難い、表現できない違和感。話を上手く合わせてはいるが、その違和感の正体は分からないままだった。

 春に店を紹介した。講義を終えてすぐ、店に連絡を入れて席は予約しておいた。
「ここ、バー?」
「そそ。俺ここでしか飲まないからさ。」
「ほぅ、見た目通り風流だな。」
「褒め言葉として受け取ってやろう。」
 引っ越して、息抜きと喫煙を同時にできるスポットを探し、辿り着いたのがこの店だった。元々引越先は街の外れで、文字通り場末のバーである。家の真向かいで、最初は不気味に思えて敬遠していたものだ。色々な居酒屋を回った末、意を決して店に入った時の感動は今でもよく覚えている。令和にしては珍しく昔ながらの雰囲気で、喫煙可能。客も少なく、大騒ぎする輩など見たことが無い。そして、ここの甘ったるい酒に身を任せるのが最も心落ち着くひとときなのだ。

 春はビール、俺はいつものバタースコッチミルクで乾杯し、すぐに煙草に火を点けた。春は加熱式煙草を吸い始めた。
「お前、紙吸ってるんじゃないの?」
「普段はこっち。あれはお前に声掛ける為に買っただけ。」
「その為に一箱買ったのかよ……。」
「髪色からしてこれかなって思ったんだけど、ミスったな。」
「ハッカは辛くてな。」
「ってか、メンソールのことハッカって言うんか……。変わってんなぁ本当。」

 煙草トークや大学の話をしていく内に、山本から聞いた話を思い出した。
「お前、ウチの学部来るのか?」
「そだよ、そっちでやりたいこと見つけたからさ。」
「まぁ好きにやんなさいな。」
「んなこと言うなよ、乾杯した仲じゃねぇか。よろしく頼むぜ。」
「気が向いたらな。」

 意外と、春は酒にそこまで強くなかった。珍しいビールがあると言って四、五杯飲んだ辺りで口数が減り始め、飲み切れずに寝てしまった。
 マスターは心配してくれたが、「家真向かいなんで大丈夫っすよ」と言って、飲み残したビールは勿体なかったので俺が飲み干してやった。会計を済ませ、酩酊状態の春を背負う形で家に泊めた。

 布団に寝かせ、座椅子の角度を落として横になった時、呂律の回らない舌で春が話し出した。殆ど聞き取れなかったが、感謝の言葉と、何故一人で過ごしているのか聞かれたようだ。答えたくなくて黙っていたら、答える前に夢の世界へと旅立ってくれた。助かった。昼間のように吐き気が込み上げてきたが、吐く前に抑え込むことができた。その吐き気は酒のせいでは無い。折角心が落ち着いてきたのに、またぶれ始めてきた。

 イヤホンを着けてクロックスを履き、負の感情を言葉に乗せて撒き散らす曲を再生する。重低音に浸りながら、もう一つの精神安定地帯に足を運ぶことにした。春は爆睡しているし、鍵かけて貴重品持って出れば大丈夫だろう。必要最低限のものしか置いてないし、高価なものに手を出すほど生活に余裕は無い。紙煙草とオイルライター、財布、スマホをポケットに押し込み、家を出た。日が沈んでから降り出した雨は、霧雨になっていた。
 外は肌寒かった。目的地に向かう前に、家の下にある古臭い自動販売機で気を紛らわす為の度数の強い缶チューハイを一本購入し、持ってきたストローを差して飲み歩いた。徒歩五分もかからない所である。傘なんて要らない。寒さは酒が誤魔化してくれる。先程のバーに軽く会釈して、酒を啜る。寒さは麻痺し始めたが、徐々に酔いが足に来始めた。

 見えてきた目的地には、見知らぬ人影があった。

Next…


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