見出し画像

小説『白を穢してしまえたら』

 『エブリスタ』様の小説投稿コンテスト、『三行から参加できる 超・妄想コンテスト 「白」』の参加作品です。
 『白』というテーマで、短編小説の執筆に挑戦させていただきました✿
 『エブリスタ』様は退会してしまったため、そっとこちらに全文を掲載させていただけましたら、と思います💦

*:;:*:;:*:;:*:;:*:;:*:;:*:;:*:;:*:;:*

「ねぇ、ジークベルト! 似合うかしら?」
 おとぎ話に出てくるようなれんが造りの城の、王女の部屋。
 美しい純白のドレスを身にまとい、俺の最愛のひとがふわりと身をひるがえした。
「……もちろんです、フローラ姫様」
 新郎衣装からは遠く離れた、己を包む漆黒の執事服をうらめしく思いながら、俺は、そんなことはおくびにも出さず、姫を見つめた。

 栗色のつややかな髪、まるで翡翠のような深く、青みがかった緑の瞳。驚くほど白い肌を覆い隠すその華やかなウェディングドレスは、彼女をますます、清らかな妖精のように見せていた。
「いよいよ明日、私は隣の国へ嫁ぐのね。ふふ、政略結婚だなんて、自分がさせられるなんて思ってもみなかったわ」
「……隣国・ティザトリアは、姫の輿入れと引き換えに、我が国・ルルージュへの侵略を取りやめると」
「戦争が防げるのなら、国民のためになんだって投げ出すのが王族の使命、よね」
「姫……」
「大丈夫。……でも、そうね。小さなころから一緒だったあなたと離れてしまうのは、すごくさみしいかも。……今までありがとう、ジーク」
 だめだった。気がつくと俺は、フローラを強くだきしめてしまっていた。
 従者の家系であった俺は、幼少より城で、執事の仕事を学びながら、フローラ姫と共に過ごした。彼女は利発で、どこかつかみどころのない娘だった。

 俺が十一で、姫が九つのとき。こんなことがあった。
「フローラ様! いけません、木登りなど!」
 城の庭で一番見事な木の、てっぺんへ近い幹に、姫がのほほんと座っていたのだ。
「ジークもおいでなさいな。気持ちいいわよ」
 大切な王女にケガをさせては大変、と、俺は素早くフローラ姫と同じ幹まで登りつめた。
「さあ、戻りましょう」
「ね、ジーク。向こうへ目を遣ってみて。城下が見えるの。私の宝もね」
「宝……?」
「この国の民たちよ。国民の血税で、私たち王族は暮らしてゆけるの。彼らを幸せにし、守ることこそ私の存在理由」
 慈愛をあふれさせ、強い光をその目に宿した姫に、俺は雷に打たれたような衝撃を覚えた。
 ああ、この小さな少女は、誰よりもこの国を思っている。
 そんな彼女をもっと支えられるようになりたいと、改めて強く願った俺は、からだに執事の心得をより一層叩き込み、姫に仕えた。いつしか主従ではなく、女性として愛するようになるのに、そんなに時間はかからなかった。
 それから七年が経ち、顔もろくに知らない暴君のため、姫は純白のドレスを着せられる。どうして。なぜ、俺のためじゃない。
「……ジーク」
「いやだ、いやだ。離したくない。俺は、愛している。あなたを。あなただけなんだ」
「! ジーク……。……あなたが、私にわがままを言ってくれたのは初めてね。できることなら、叶えてあげたい。……でもね」
 愛しいひとは、おもむろに俺の両頬を、小さくやわらかな手で包み込んだ。
「私が、この国の『姫らしく』なれたのは、あなたのお陰なの。ジーク」
「……俺の……?」
「あなたは、いつも私の心配をしてくれた。いけないことをしたらちゃんと諌めてくれた。支えてくれた。猫っ毛な金の髪も、モノクルの奥のまっすぐな青い瞳も、だいすき。すべてはかけがえのないあなたに、恥じない存在になるため……」
「……っ」
 俺は、彼女を貪るように掻き抱き、その赤くつややかな唇に、自分の唇を重ねかけた。
 でも。
 フローラの潤んだ瞳は、きっと、それを望んでいない。
 これ以上彼女に、俺を刻んじゃいけない。

「……だから、あなたがだいすきよ」
 涙をとめどなくあふれさせる俺に、彼女はどこまでも悲しそうに、優しくほほえんだ。

「失礼いたします、フローラ姫様。王様がお呼びです」
 ついと、ノックをする音と共に、メイドの声がした。
「……今ゆくわ」
 フローラは、そっと俺の涙をぬぐうと、部屋から去っていった。
 残された俺は、ただただ、天を仰ぐ。


「……ああ、」

 白を、穢してしまえたら。


【終】

*:;:*:;:*:;:*:;:*:;:*:;:*:;:*:;:*:;:*

ご覧いただきまして、誠に誠に、ありがとうございました!

コウサカを応援してあげてもいいよ、という天使様からのご支援、ひっそりとお待ちしております🌸 いただいたサポートは、創作の際必要な参考書籍の購入等、作品向上のため、大切に遣わせていただけましたら、と思います……!✨