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一晩で法隆寺を建てる女の子の話

私は正直人と話すことがあまり得意ではない。

とはいえ、大学時代に接客のアルバイトを4年、社会人を6年も経験すれば人並みの社交性はついたし初対面の人とも無難に会話を楽しめる方だと思う。

だけど、そんな私が大人になった今でもうまく返せない会話がある。

それは人から褒められた時だ。

「嬉しい」や「ありがとう」と返せば良いのに、なんとなく照れ臭くて、そして自分がそこまで称賛されるに値しない人間のように感じて、何故かその一言が言えなくなってしまうのだ。

そんな時、私がよく使う返しがある。

「一晩で法隆寺建てられちゃうよ」

ネットやSNSを使う方は一度くらい耳にしたことがあるセリフなのではないだろうか。

ネットでは「シュールな少女漫画の元ネタまとめ」としてよく挙げられる。

元ネタは、色井麻知子先生の読み切り作品を集めた『私の恋はチョコレート』に収録されている『好きって言いたい』とう作品で、このセリフが登場するまでの物語はこんな感じだ。

・物語の舞台は文化祭を目前にしたとある高校

・主人公 宮野藤子は、文化祭の班を決めるくじ引きで密かに思いを寄せている宮野くんと同じ班になる

・そんな意中の宮野くんには学園の人気者・武吉くんという友人がおり、もちろん彼も同じ班

・武吉くん狙いの女子から班を変わってもらうよう迫られる藤子だが、そんな藤子をクールに助けてくれる宮野くん

・ぶっきらぼうだけど男気のある宮野くんの魅力を再認識しながらも、一緒に文化祭の準備を進める藤子

・ある日、遅くまで文化祭で使う大道具の準備をしている藤子。藤子の健気で頑張り屋の姿を見た宮野くんは藤子に「がんばって」という

その直後、藤子が心の中で呟いたセリフが

「宮野くん あたし その一言だけで 一晩で法隆寺建てられちゃうよ」

なのだ。

法隆寺とは何だったのか

その後の藤子と宮野くんの恋の行方は、ぜひ『私の恋はチョコレート』を読んでいただきたいのだが、やはり疑問に残るのは「法隆寺」の存在。

物語には「法隆寺」というキーワードはこれ以外に出てこないのだ。

強いていうなら、藤子のクラスの文化祭の出し物が歴史の建造物で、藤子が遅くまで作っていた大道具的な何かが法隆寺だったのかもしれない。

だから、大好きな宮野くんに言われた「がんばって」の嬉しさは、文化祭の出し物である法隆寺を一晩で建てられるちゃうくらいに匹敵すると表現したのだろうか。

私が一晩で法隆寺を建てられる理由

冒頭の話に戻るが、私は自分に自信がない故に人から褒められた時、「嬉しい」や「ありがとう」とストレートに返すことができない。

でも、素直に感謝の気持ちを伝えられないのは、私のことを評価してくれた人に対して失礼だし、人としてとても悲しいことだ。

だからこそ、私は藤子の言葉を使う。

彼女が大好きな人から言われた言葉に対して「嬉しい」や「ありがとう」と言えなかった代わりに「一晩で法隆寺建てられちゃうよ」と心の中で呟いたように。

これが、マンガが大好きでマンガライターとして活動する私にとって、今精一杯相手に返せる最大級の「嬉しい」や「ありがとう」なのだから。

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