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#映画感想文329『夏の終わりに願うこと』(2023)

映画『夏の終わりに願うこと(原題:Totem)』(2023)を映画館で観た。

監督・脚本はリラ・アビルス、主演はナイマ・センティエス。

2023年製作、95分、メキシコ・デンマーク・フランス合作。

7歳のソルは父親のトナの誕生日パーティーに向かうため家を出る。両親は離婚しているわけではない。末期がんの父親が介護を受けるため、実家で暮らしているので、移動をする必要があった。母親は仕事に行き、ソルは実家でパーティーが始まるのをひたすら待っている。

実家には、父親の姉と弟がおり、同年代のいとこもいる。父親の誕生日パーティーの準備で大人は忙しなく、ときにいらだちをにじませる。子どもたちは、どこか手持無沙汰で、ソルはよその家の中を歩き回るが、父親になかなか会えない。父親は自分に会いたがっていないのではないかと考え、さみしさを覚える。ソルは父親の死をはっきりと予感している。その悲劇を見て見ぬふりはしていない。ただ、子どもとしてできることもなく、暇をつぶすしかない。

大人側の焦燥感は雑多だ。パーティーのケーキが焦げて燃えて、やけどを負ってしまったり、パーティーには多額の費用がかかること、主治医への支払いができるかどうか、介護士への支払いも滞っていたりする。終末期医療のモルヒネを投与されているトナに対して、本当は抗がん剤を使うべきではないかと疑義を唱える姉。治療については何度となく話し合っている、お母さんがあれだけ苦しんでいたのに同じことをやらせるのかと弟が反論する。家族の死を受け入れるのは容易なことでない。誰もがトナが死ぬことを知っているが、それに耐える自信がない。

トナ自身は肉体的の痛みがひどく、動き回ることができない。歩けないし、立ち上がったら漏れてしまったりする。本音を言えば、パーティーなんかに出たくない。誰にも会いたくない。しかし、自分がそのような行動をとれば、周囲を落胆させることもわかっている。体の痛みと心の痛みがないまぜになって、彼は葛藤している。

母親が仕事を終えて実家にやってくる。トナは二人(彼にとっては妻と娘)を部屋に迎え入れる。娘のニックネームはポニョ。「ぼくのポニョ、会いたかったよ」という言葉を聞いて、ソルは安堵する。

アンマchanさんの記事で、ニックネームのポニョはジブリ作品のポニョを指していることがわかった。

本作は、リラ・アビルス監督と娘さんの実体験に基づいているそうだ。それなのに驚くほど、過去が美化されていない。金策に困っている大人たち、不機嫌そうに盆栽の手入れを続ける祖父、霊媒師を呼んで家の除霊後にタッパーを買わされたりする叔母。暇すぎて、かたつむりを集めて絵画に這わせるソル。みんなどこか注意散漫であるし、それによって気を紛らわせているという描写が、微笑ましいが、もの悲しさもはらんでいる。非常に抑制的に感情が描写されていく。

リラ・アビルス監督はインタビューで好きな監督をあげている。

──あなたにとっての、映画の先生を挙げるとしたら?

たくさんいます。まずは、スペインに生まれ、メキシコに帰化した監督ルイス・ブニュエルですね。それと、ジョン・カサヴェテス、エドワード・ヤン、アニエス・ヴァルダ、ヴェルナー・ヘルツォーク、ヴィム・ヴェンダース、小津安二郎……。私は、ノーマルなディレクターが好きなんです。今こうやってお話をしていることもまた、自分の映画のためになっていると思います。

https://ginzamag.com/categories/interview/467333

このラインナップから、リラ・アビルス監督の手堅さのようなものが見えてくる。とはいえ、クロエ・ジャオは『ノマドランド』と『エターナルズ』を両立させている。三作目がどんな作品になるか、本当に楽しみだ。リラ・アビルス監督の次作を待ちたいと思う。

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