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東畑開人(2019)『居るのはつらいよ  ケアとセラピーについての覚書』の読書感想文

東畑開人さんの『居るのはつらいよ  ケアとセラピーについての覚書』を読んだ。医学書院より、2019年に出版された本である。著者の名前は「ひがしばた」ではなく、「とうはた」と読むそうだ。

京都大学の大学院で博士号を取ってから、臨床心理として現場で働いた経験がエッセイのように描かれる。厳密に言えば、エッセイではない。その証拠にというのはおかしいが、奥さんと子どもの話が全然出てこない。本当のエッセイなら、家族を含めて書くだろう。著者は編集と抽象化をしながら、デイケア施設を描写していく。

正直なところ、臨床心理士で食べることができるのだと驚いた。(日本は、司書や介護士、保育士、臨床心理士と、専門職であるにも関わらず、食っていけない仕事が多すぎる。これは、個々人の努力で何とかなるものではないので、政治課題であると思う)

文体は軽妙で洒脱で、げらげら笑いながら読めて、前半はすごく楽しい。引用も、千野帽子、上野千鶴子、國分功一郎、ゴフマン、マルクス、ユング、フロイトなどなど、多岐にわたり、勉強にもなる。

終盤、ベテラン職員の退職が重なり、著者の疲労がピークに達し、コメディ調の文体から、不穏な空気が流れはじめ、事態が緊迫していく展開に震えてしまった。

読後感は、吉田修一の『パレード』に似ている。終わりなき日常を生きていたはずなのに「えっ、あの一番まともっぽい人、犯人なの?」みたいな、よい意味で裏切られた。

「居る」だけなら、楽な仕事じゃん、と人は思う。「居る」こと、時間をともに過ごすことそれ自体がケアになる。ただ、実際の現場にいると、かなり消耗する仕事なのだとわかる。対人支援の仕事はフィジカルより、メンタルが徐々に摩耗し、当人も自覚ができていないことが多いのだと思われる。だから、突然、退職したり、倒れたりする人が出てくる。

でも、わたしたちは「ケア」をしてくれる誰かを必要としている。赤ん坊のときは「親」、学生時代は「先生」で、就職すれば、「先輩」や「上司」を頼りにする。年を取れば「介護士」、病気になれば「医者」を頼って生きていく。もちろん、私生活では「友達」や「恋人」「家族」にケアをされ、ケアをして相互依存の中で生きている。心に問題があれば、「臨床心理士」や「精神科医」に頼る。「家族」にしか頼れない時代と比べれば、随分よくなったものだと思う。

そして、「ケア」の仕事は報酬を高くすればそれで解決という職業でもないだろう。いや、プログラマーだって、料理人だって、オケラだって、アメンボだって、みんなみんな「ケア」を必要としているのかもしれない。ハッシュタグ「#ご自愛」が流行る時代なのだ。自分を甘やかして、明日への英気を養おうではないか。(←この文体がすでに疲れるよね。おやすみなさい)

ハフポストのインタビューも面白かったので、おすすめです。


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