見出し画像

私が見た南国の星 第3集「母性愛に生きて」④

ホテルでのトラブル、ずいぶん前に「ホテル」を舞台にしたドラマがありましたが、そのドラマのことを思い出しました。ドラマを見ているような、七仙嶺のホテルでの出来事です。

トラブル発生


7月のある暑い日のことだった。夏休中なのでホテルは子供連れ客が多かった。その中の一組の家族の子供が怪我をしてしまった。そんな重大は問題が起きているにも関わらず、客室部の社員からは阿浪や私への報告がなかった。
 問題の家族には二人の子供がいた。その中の一人は、とても活発な男の子だった。チェックインは3時からなのだが、この家族は1時頃に到着をした。子供を2時間も待たせるわけにもいかないので、客室係りたちは急いで客室の掃除をし、2時近くに、将徳理が家族を部屋へと案内した。その時、彼は、自分の上司に対して、友達に言うように、「阿妹、ポットを持って来て!」と言ったそうだ。その声は家族連れの耳にも聞こえ、将徳理が客室部責任者と思われたらしい。このように、客室部の責任者は、部下である将徳理からいつも「阿妹」と呼ばれていても注意しなかったということが私には理解できなかった。
 子供の両親は長旅のため疲れて、暫く部屋で休憩をしていたが、子供は元気に庭や露天風呂付近を走り回って遊んでいた。姉は、フロントに飾ってあった日本の置物が気に入って、弟とは別行動をしていたそうだが、一人で遊んでいた男の子は、露天風呂の近くから源泉を見に行こうと走り出し、庭石に足の指をぶつけてしまった。小学校の低学年だが、さすが男の子で、泣かずに我慢をしていたようだったが、足の指がだんだん腫れ上がってきたので、客室にいる両親のもとに向かった。両親は子供の指が腫れ上がっているのを見て、電話をかけて客室部の責任者を呼んだ。事情を聞いた責任者は、慌ててその子供の様子を見に走って行った。彼女がノックをすると直ぐにドアが開き、「失礼します」と声をかけた途端、
「責任者に来てもらって下さい!」
と母親が言ったので、
「すみません、私が客室部の責任者です」
と答えると、
「何を言っているの、責任者は男性でしたよ!」
と言われてしまった。そして、
「わかりました。呼んできます」
と答え、将徳理を呼んで、ふたりで部屋に向かった。ノックをした瞬間、今度は子供の父親から、
「あなたが客室部の責任者でしょ?彼女は自分だと言っているけど」
と言われ、将徳理は、
「いいえ、僕ではありませんが、何か問題でも起きたのでしょうか」
と返事をすると、阿妹は将徳理の横で立っているだけで何も言わない彼女に対して、母親が文句を言った。
「貴女が責任者?日本の会社もたいしたことはないわね。この男性の方が、しっかりしているから責任者を変えたほうが良いですね。貴女はただ立っているだけでしょ!」
そう言われた阿妹は、急に泣き出してしまった。横にいた将徳理は、
「申し訳ございませんでした。今後は失礼のないように努力を致します。どうか、お許し下さい」
と、丁寧に謝罪をしたという。子供のケガも忘れて社員の態度に文句を言った母親は、まだ続けた。
「私の子供がケガをしてしまいました。あなたのホテル管理が悪いせいですから、責任を取って下さい」
と言われ、二人は困っていたが、
「責任とは?まず、子供さんの応急手当が先決ですから病院へ行きましょう」
と将徳理は子供のケガを心配してそう言った。両親は子供のケガよりも補償問題を先に解決したかったのだろう。
「後で病院へ行きます。治療代の他に宿泊代や食事代も保障して下さい」
あまりにも大きな声で言われた二人は、勝手に全てを承知してしまったのだという。これが後から聞いた事件の詳細である。
 その頃、阿浪と私は町にある人民政府へ出掛けたばかりだったので、このトラブルのことは全く知らなかった。この二人からは緊急電話もなかった。ホテルに戻ってから報告を受けた阿浪は直ぐ客の部屋へ伺い、状況についての詳細を確認すると、子供を病院に連れて行った。ケガは打撲で、骨に異常が無かったのは幸いだった。子供の両親と30分くらい話をした阿浪は、事務所に戻り経過報告をしてくれた。
「今日のことは、とりあえず解決をしました。客は子供にも目が行き届かなかった自分たちにも責任があるとして、和解が出来ましたから安心して下さい。補償費用については会社に請求しないそうです。でも、朝食だけは無料にしましたので理解して下さい」
 詳細報告を黙って聞いていた私だが、彼がいなければトラブルは解決できなかったと思い彼の存在の大きさを痛感した。私は、夕食の時にレストランへ向い、その家族の食事が終わる頃を見計らって、側へ行き今日のお詫びをした。その時には両親も笑顔で話をしてくれた。子供の母親から、今日の出来事に対して暴言を吐いたのは本当に恥ずかしいと言われた時には、逆に私自身の管理不足を反省した。阿浪が私のパートナーとして立派に対処をしてくれたから、こうして和やかな話し合いが出来のだとつくづく感じたのだった。
 この日の夜、客室の責任者と将徳理を事務所に呼んだ私は、緊急の場合の対処方法を教えた。二人は、目をそらさずに私の顔を見て、真剣に話を聞いてくれ、私の話を理解してくれたようだった。そして、彼らは深々と頭を下げた。
 翌朝、この親子は七仙嶺の自然に満足されたようで、帰り際には、
「また、次回もこのホテルで宿泊するつもりです。頑張って下さい」
と、激励されことが今も私の記憶に残っている。
 サービス業は人相手の仕事なので、本当に神経を使う。トラブルがある度に「冷静さを失わずに」と自分に言い聞かせている私だが、問題がこじれた時には、一人で解決する事も不可能だ。そんな時には、やはり良きパートナーの助けが必要だと思った。阿浪は、私にとってそんな良きパートナーだということを実感した。
 このトラブルは無事に解決したが、この反省をもとに各部所の責任者を呼び今後の業務について話し合いをした。各部所の責任者たちが、私の話を素直に聞いてくれて、分かってくれたようだった。まだまだ不安なこともあるが、今回は彼らを信じることにした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?