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あなたにとっていちばんの味方は、あなた。

自分を疑うことによって生じる悩み事、自己否定といわれる。

自分のやっていることに意味があるんだろうか?自分は何もできていないんじゃないか。自分の魅力なんてどこにあるのだろうか?など。

自己否定によって悩み事を生み出してしまうのは、人の性分なのかもしれないけれど、この悩みのやっかいなところは「自分を自分で否定する」ことで生まれていること。
そもそも発端を自分でつくりだしているという無限回廊の中で悩んでいるので「自己否定をやめる」ということでしか、解決のしようがない。

ときどき、いったん解決したように見えても、また自己否定をし始める限り、また悩むことになる。

しかしこれが止められないものだから、ややこしい。だから性分なのだ。

では、人は自己否定を、いったいなんのために行うのだろう。

僕は「自分で自分を試している」
のだと考えている。

自己否定とは、たぶん自分で答えがわかっていながら、うだうだと悩み続けることなんだ。

本を読んでも答えが書いてある。ネットで調べても答えが書いてある。友達に相談しても、だいたいもっともな答えが返ってくる。

それなのに、もっともなアドバイスをくれる人に「あなたに何がわかるんだ?ほっといてくれ」という態度になってしまうこともあるだろう。

「悩みたい」のだ。

解決してしまったらもう悩めない。
つまり悩むこと自体が目的で、解決したくないんだ。

「自分はどうすればいいんだ?」という助けを、本当は誰にも求めていない。
ずっと自分に問いかけている。
そして、自分で答えようとしてないんだと思う。

自己否定は「自分にとっていちばんの味方である自分」をためしているんじゃないだろうか。

だから、自己否定は、いくら周りから肯定されても変わらない。

自分が自分に、だいじょうぶ。と
言わない限りずっと続く…

世間では「成功体験の積み重ねが大切だ」「自己肯定感を育む」とか言われるけど、僕はそれは前提がすごく不十分だと思う。

「成功体験」というのは「体験したことを成功と認められる自分」がいてこそなりたつのだから、自分の力でなにをどれだけ積み重ねたとしても「こんなものどうせ成功じゃない」と自分から崩していくうちは、なんの効果もない。

同じように、いくら周りから褒められても、素直に受け取らないうちは効果はない。

自分が「これでいいじゃないか」、と思えるまで、ずっと否定を繰り返すだけだろう。

でも、しっかり考えてほしい。
どこまでいっても、
自分の味方は自分だ。

自分だけだ、とまでは言わないけれど
最後まで自分を裏切らないのは
自分なのだから。

自分を信じる、とか言うと、それはまた、たいそうな事のようになってしまうので、

ただ、ああ、これでいいな。
いまのままでいいな。
と、思うだけでじゅうぶん。

そもそも否定も肯定もする必要なんかないんだ。あなたは、元からあなた。

あなたでしかないし。
あなたであることが
とても、すばらしいことなのだ。

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「自分探し」や「生きづらさ」のことを、ちょっと考えすぎながら書いています。学校でデザイン論や社会起業を教える講師業と、福祉やNPO支援が専門のデザイナーです。肩にいるのはスタンドです。「unbelievable truth」て命名してます。

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コメント (1)
自己否定は無限回廊とは限らないと思います。自分の中に二人の自分が存在する場合があり、それは生育歴の中に刻み込まれている場合があり、発見してサヨナラすることで自分自身になることができる。そうすれば、本当の意味で自分を信頼できるので否定はなくなると感じています。よ!
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