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noteは私の中の静かな場所。

noteをはじめてまだ数日だが、この場所を知ることが出来て本当によかったと思っている。いろんな人のいろんな文章を目にするたび、いろいろと感じるものがある。人は皆こうやってなにかしら思ったり悩んだりしながらも、それでも自分の生活を営んでいて。そうやって生きていくことを私はしばらくの間忘れていた。忘れていたというか、ずっと違うものを見て追い求めていた気がする。しかしそれも今、このことに気づくために必要な時間だったのだと思う。

自分にとってのしあわせも、自分にとって生きやすい環境も、仕事も住まいも全部自分が心地よいものを選べばいいと思う。いま世の中にはいろんな情報が転がっている。以前の私は、すぐにいろんな情報に飛びついてはのちに自分がわからなくなり混乱する。を繰り返していた。でも最近になってちょっと気づいたことがあって。それは、情報というものはどれをとってみてもそれを発信している人目線でのベストな提案にしか過ぎないのだと思った。その情報は自分にとって有効なのかどうなのかを見分ける力は必要だとおもう。そのためにもやはり大切なのはいつも自分と向き合って、自分に寄り添い、自分を見失わず生きていくことなのかもしれない。

「生活をする」=「生きること」

「生活」ってなにげなくあたりまえにしてることのようだけど、実はもっとも深くて意味のあることだと思う。生活をするっていいなと思う。自分を作っていくことでもある。その中で気づきがあったり、成長したりしながら生きていくのだ私たちはきっと。

泣いたり怒ったり、笑ったり、たまにはひとを憎んでみたりしながら生きている人でいたい。そんなふうに生きてる人からは、”本当に生きている”命を感じる。そんなふうに生きて、いろんな思いやいろんな経験を自分に刻みながら、生きていくことの尊さ、自分をいきることの尊さに気づくのだと思う。


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