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新自由主義的教育政策の概観①


日本における新自由主義的教育政策の概観


 新自由主義の定義ができないまま、ここまで来てしまいました。次は「新自由主義的教育政策」です。だんだん僕の手には負えなくなってきましたが、お付き合い願いたいと思います。

 新自由主義という考え方が1980年代あたりから各国のリーダーの政策決定に登場します。当然、それは教育政策にも介入してきます。
 まずはイギリスのサッチャー首相を例にとってみてみましょう。

新自由主義的教育改革の先行例としてしばしば取り上げられるのが、イギリスのサッチャー政権下の教育改革である。当時のイギリスでは、学校ごとの成績公開の義務化や行政による学校査察など、学校評価を通じた教育の国家統制が強まった。そうした一連の改革は、教員に対して管理主義・経営主義的な新たな教員役割を求めるものであり(Whitty&Wisby2006)、その結果、教員の多くは教職へのコミットメントを低下させた(Woods&Jeffrey2002)。
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『新自由主義的教育改革のインパクト』高田他 日本教育学会第74回大会

 サッチャー政権下での新自由主義的教育政策からも「現存した新自由主義」の空気感を感じることができます。小さな国家を目指すのはあくまで財政的にであり、国家による介入は積極的に行っていくので、「(財政的には)小さな」、しかし「(介入度は)大きな」政府とも言えます

 では、日本では新自由主義的教育政策がどのように教育の世界に入り込んできたのでしょか。その流れを確認するために五つの事例を取り上げます。

①中曽根内閣  臨時教育審議会
②小泉内閣   三位一体の改革
③安倍内閣   新保守主義的愛国心と新自由主義的教育政策
④大阪維新の会 競争原理導入と教員評価制度
⑤上田市の事例 市民からの新自由主義的教育政策の要請

 この五つの事例を通して日本の教育行政に新自由主義的教育政策がいかにして入り込んできたのかを一緒に考えていきましょう。

①中曽根内閣


 中曽根内閣では新自由主義的な考えのもとで様々な政策が実行されていきました。同時期のアメリカ大統領であるロナルド・レーガンとも懇意にしていて「ロン・ヤス」と呼び合う仲だったと言われています。ロナルド・レーガンの政策もレーガノミクスという新自由主義的なものであることは有名です。中曽根内閣では日本専売公社、日本国有鉄道および日本電信電話公社の三公社を民営化させています。

 中曽根内閣は私的諮問機関である臨時教育審議会を設置しました。これにより、それまでは文部省(教育行政)と日本教職員組合(職員組合)との二項対立の中で決められていた教育政策決定の構図が大きく変化し、それは日教組の分裂弱体化に繋がったという意見もあります。ここでも国家による介入が見られます。職員組合の弱体化というのは為政者からすると口うるさい存在がいなくなることになりますので、願ってもないチャンスだったのでしょう。
 ちなみに、僕も以前は日教組へ入っていました。というよりも、職場の先輩方によくわからないままに入らされたのです。活動も数年間行いました。分会責任者という立場もさせてもらいました。仕事終わりに集会へ参加してハチマキを巻いて「がんばろー」と叫んだこともあります。そこで感じたのは「仕事で忙しい中で、どうして組合活動までしないといけないのか」という徒労感でした。少ない給与から毎月天引きされる額も決して安くはありません。困ったときには助けてあげるからと相談には乗ってもらっていましたが、やはり徒労感が納得感を上回ることはなく、そのまま組合から抜けてしまいました。この判断が正しいかどうかはわかりませんが、少なくとも為政者からすれば組合の加入率の低い教育行政は意のままに御しやすいのでしょう。
 
 臨時教育審議会についてはWikipediaから引用します。

 臨時教育審議会の内部では、「教育の自由化」を主張する第一部会と、それに強く反発する第三部会の対立がみられた。「教育の自由化」論者の代表的人物としては香山健一委員(学習院大学教授)がおり、「学習塾私立学校としての認可」などを主張した。「教育の自由化」には文部省や自民党の文教族も反対し、第一部会と第三部会の争いは、規制緩和を進める中曽根首相と文部省・文教族との代理戦争の様相を呈した[1]。結局、答申には「教育の自由化」は全面に登場することはなかったが、折衷案として「個性の重視・育成」がスローガンに掲げられ、「教育の個性化」が提案された。

wikipedia 『臨時教育審議会』より

 「教育の自由化」とはまさに市場原理の導入であろうと思います。競争を促せば教育の質は向上するのでしょうか。競争に負けた学校は児童生徒が集まらずに経営が立ち行かなくなれば廃校するでしょう。利益を生み出せないものは競争の中では生きていけません。しかし、急に学校が無くなったら困るのはもちろんその学校へ通う子どもたちです。
 もちろん、競争原理が無くても学校の統廃合などで廃校することはありますが、この場合は子どもたちの混乱を最小限に抑えるための工夫はされるはずです。実際の統廃合の現場に関わった職員の話を聞いたことがありますが、数年かけて地域説明会などを幾度も開き、子どもたちの混乱が少ないように統廃合校の交流なども企画し、少しずつ統廃合に向けて動いていったそうです。しかし、資本家はそんな気遣いなんて考えないでしょう。繰り返しますが、資本家の関心事は「利益がいくら出たか」でしかありません。利益がでなくなったあとの対応にはコストはかかっても、利益は産まないことは明白です。そんな気遣いをしてる暇があれば次の投資先を探すほうが有益です。