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ちいさいころから、ああいう痒そうな痕を見るとおもうことがあって、それは「美味しそうだな」ってことだった。 2020/09/05

 土曜日、どこにいく訳でもなく、本を読んでいた。藤田貴大『季節を告げる毳毳は夜が知った毛毛毛毛』をtwitterで知ったので、見かけたから買っておいたのだけど、「マームとジプシー」という演劇ユニットの主宰の方だそうで、初小説なんだそうだ。

 小説にも色々ありますよね、ということを感じる不思議な作品で、ある種の幻想?空想?妄想?的な世界。コアラがふってきたりする、洗髪しにいったら、そこの主人がワニだったりとか、まぁなんという不思議な世界。不条理劇ってこんな感じなのかな、というあんまり演劇を見ない人間からするとなんか変な演劇っぽさを感じてしまったりもするのだけど、それでも変な世界の中で妙にリアルな、生活感のあるというか現実の度合いが強まるというか、そういうシーンが出てくると引き込まれてしまう。例えば、蚊に喰われた痕、とか。

 シャワーを浴びにいく彼女の背中には、やはりあのちいさな赤い痕。ただの蚊に刺されたような、そんな痕なのだけれど、それはやはり痒そうで、彼女は少しだけその辺りを掻きながら、浴室へ向かった。そういえば、ちいさいころから、ああいう痒そうな痕を見るとおもうことがあって、それは「美味しそうだな」ってことだった。自分のもそうだった。誰かが(というか、虫なのだろうけど)、美味しいとおもったから、刺して吸って、あるいは齧ったのだろうから、そこが美味しく見えてしまう。
藤田貴大『季節を告げる毳毳は夜が知った毛毛毛毛』P.14 - P.15

 この蚊に喰われた赤い痕、のイメージは何度もリフレインしていて作者のフェティッシュみたいなものを感じるんだけど、なんかこう肌にポツンとできた虫刺されの痕が目について、気になる感じとかはよくわかるというか、なんというか。それを美味しそう、とは思っていなかったけれど、そう表現していないからなだけであって、美味しそうと言われれば美味しそうなのかもしれないし、次見たときは美味しそうと思ってしまうかもしれない。

 台風は関東の方には来なそうな雰囲気なので、ひとまずホッとしつつも、沖縄や九州の被害が出ないことを祈りつつ、台風とか大雨の時にピザを頼む人は信じられない、的な言説のことを思い出したりした。まぁ、そういう時に限って頼むやつというのは確かに性格が悪そうなのではあるけれど、本当にやばいときは営業しないほうがいいよね、そもそも、と思ったりもする訳で、実際にピザ屋サイドの人間はどう思っているんだろう。ぎゃあぎゃあ言っているのはたいていが外野の安っぽい正義感だったりする訳で、天気悪い日の方が売上良くてむしろ掻き入れ時、くらいの感覚があったりするんだろうか。自分が配達員ならどう思うかと問われれば、雨だろうが晴れだろうが、面倒くさいから嫌だ、というのが正直なところだけど、ピザ食べるのは大好き、ピザーラ派。

「二日目のピザって食べたことある?」
「や、ないですけど。そもそもなんですか、二日目のピザって」
「宅配ピザ、あるでしょ。おれは、届いたピザ。そのとき食べないで」
「そのとき食べないで」
「そのまま冷蔵庫にしまっておきたいくらいなんだよね」
「なんですか、それ」
「翌日、焼くんだよ。オーブンで。それが美味いんだよ」
「美味いともおもえないんですけど」
「美味いんだよ。一回死ぬんだよ。ピザが。冷蔵庫の中で」
「なに言ってるんですか」
「パン生地も、のってる具もすべて一回死ぬんだよ。それを焼くんだよ」
「復活するんですか」
「いや、しないんだよ」
「あ、しないんですか」
「死んだまま、焼かれるだけなんだけど、それが美味いんだよ」
藤田貴大『季節を告げる毳毳は夜が知った毛毛毛毛』P.77 - P.78

 食べ残した2、3切れがそのままほっとかれて、少しカピカピになって冷めきったピザをそのまま食べるのは嫌いじゃないけれど、それは昨夜飲み残した赤ワインのつまみとしての一回死んだピザ。死にかけている赤ワインと死んだピザのハーモニー。なんか、食べたくなってくるな、ピザ。

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