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ラベンダーで乾杯

二〇一七年十月十四日土曜日

小雨と曇り

relight committee 四回目。
終わってすぐ、これまではすぐに抱えたものを吐き出したくなり、どばばーーーっと帰りの電車で日記を書いていたけれど、今日は今日のアクションによって吐き出されてしまったみたくてぽかんとしている。このまま書かないと書きはじめることに時間がかかりそうなのでひらいてこうして綴る。

観光というテーマ。日常を観光する。
このごろ観光したかという問いに、名古屋と答えた。それはじぶんたちの話していることや活動を確かめるようないい機会だったということを加えて。けれど、じつはもうひとつ浮かんでいたことがあった。そしてどちらかというと、そっちかなと思っていたのに言わなかった (何が止めたのか)。お風呂での読書というのが、まず浮かんだことだった。(重なる部分もあるが)日常の文脈にない知識を得たり、だれかの話を聞いたり、言葉遣いにうっとりしたり、じぶんとの対話の時間がここにあって日常をtripできる時間になっている。それがわたしの日々の観光。

”今日は吐き出した”と感じている理由は、町でひとに話しかけたからだと思う。それぞれ二つお題を渡されて、ペアの方が動画で記録する。わたしのお題は、"百歩ずつ歩き、歩いて皇居へ行くにはどうしたらいいかを聞く"だった。どきどきしてどきどきしてどきどきした。一人目に声をかけたら、それはどんどん解き放たれて、たのしい話しかけたいに変わっていった。この変化はなんだろう。後半スタッフの江口さんが会話のなかで「道案内」というような言葉を呟かれて、お題というmagicで行為をすすめていたけれど、これは道を訊いているだけだ!とはっとした。わたしは入り口がartであるからこの行為を愉しめていったのだと思う。普段ひとに道を訪ねたりするのは不得意だ(と思っている)。どうにかGoogle先生でじぶんでたどり着こうとしている、と思う。だから、”道案内”と気がつかずに入れたことがよかった。

見知らぬ誰かと話すことはきもちよかった。二人こどもを連れたおとうさん、とても丁寧に案内してくれた年上の女性、煙草屋にいたしゃがれたいい声の女性、なにかイベントを待つ?なかぽつりといた男性、サラリーマン、ホテルなどで訪ねてみてと言ったおばさま、ソラシティの装飾をしていた指の太い男性三名。七回ほど話しかけたのかな。呆れた声にも困った声にも親切さが混じっていた。トントンとあけたらこんなにひらく。じぶんの苦手な行為を、この機会をもらって行なえた。見えていなかったもんやりが吐き出された。

ざっくりと方向を示してくれたり、言葉で一生懸命に知っていることを伝えてくれたり、けいたいで調べて見せてくれたり、皇居へ行かないことがどんどん申し訳なくなっていった。時間がもうすこし限られていなかったら、ほんとうに行きたかったなあ。(帽さんにこの話をしたら、今度歩いて行こうと。)

そのあと、昨年のアクションを聞き、今日の活動があって、わたしにみえていない課題がまだあるんだろうなと思う。そこまで潜りたい。

晩ごはんは、ロールキャベツ、冷奴だったかな、くるみ和え、カレーライス。

のんさんはわたしの帰る三十分前にようやく眠ったそうだ。すーさんたちとパエリアの買い出し、町に浮かぶあの場所でお昼をたべて、すーさんは眠った後ものんさんは公園へ帽さんの手をひっぱりずんずん、坂の上のホームセンターまで行ったそうだ。帰って来て、「あっぺいー」と半泣きになりつつ眠った、と。一度授乳したが、そのまま朝まで眠った。

お昼休憩の時に、あきおさんがかけていたBGM。どれも喋るような声を中心にしたうただった。このアーティスト誰ですかと訊きたくなったものもあったけれど、なんだか聴き入っていた。エミネムのような声のひとがたぶんあのお昼を食べているメンバーの会話にはなさそうな言葉も使いながら何かを伝えているようなフリースタイル。ただ聞きたかったのか、声に救われていたのか、意識的なものなのか、そういえば気になった。

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1986年生まれ。扉も窓も開け放しています。いつでもどうぞ。

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