末広町へ行くりゆう
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末広町へ行くりゆう

二〇一八年二月十七日土曜日

はれ

relight committeeの日。
今日を含めて、あと2回。

バカバカしいと笑って
ぐっと突っ込みちゃんと伝えて
ここはいいところだなあ、なんて
なんでこんなことを書きはじめたのかわからないけれどそんなことを思ったみたいだった。

午前中の学習のテーマは、居心地。

あきおさんが話されていた (心地よい状況を獲得するために)現状が心地よくないからうごく
というのを聞いたときにそもそもどうして"やすむ"を渡すひつようがあるのか、というところを思い出した。

居心地のわるいところと聞かれて、時計が多くあるところ・時間がぴしぴし決まっているところと書いたわたしは、時間が刻まれて使われているきっちりとせかせかとした主に東京の風潮に居心地のわるさを感じている。ミヒャエル・エンデ『モモ』に描かれたあの世界のようになっているなあと、「はいいろ」に時間を奪われているような気がしてくる。こんな居心地のわるさを、居心地のよい方へひっぱりたいという思いがあっての"やすむ"を渡そう、それはわたしにできることかもしれないと思ったのだった。モモのようになれたら。


また意見をもらいながら
しゃぼん玉を配布するかどうかはもうすこしかんがえた方がいいなと思う。じぶんだけが歩きながら吹いていても、十分やすみを渡すことになりうるのではないか、と。

・どんな装いで行うのか
・配布するなら配る数の意味は?
・その場所で行なう意味は?
・行なう時間の意味は?
概念的なところをもっと詰めた方がいいというアドバイスをいただく。そこがまさにふわふわしているところだった。


晩ごはんは、カレーライス、お味噌汁。もうひと品くらいあった気がする。

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1986年生まれ。扉も窓も開け放しています。いつでもどうぞ。