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サーカスがいつだってこられるむだ

二〇一八年二月十二日月曜日

はれ

ぎゅうっとぴかぴかな日は、なんだか言葉にしなくていいかなというきもちになってしまう。どこから手をつけたらいいのかわからないのかな。

星居社の高田さんご家族に甘えて、朝食におじゃまする。とびらの向こうに仕事場があり、風呂トイレそれ以外はほとんど区切られることなくワンフロアで営みをともにする暮らし。コートをかけるところにはくまのあたまがぽこんといたり、ミシンと布がおおきくひろげられた机、透明のビニールシートがかけられたひとが集える場所、てんぷら油で走る車、知人のつくる器、いただきものの野菜、厚みのある貫禄のある木の板があらゆるところにそっといて、それらがきゅっとしめて背筋をぴんとさせている。それは高田さんそのもののようでもある。あらゆるものがやってきても、すべてを包みながらぶれることなくそこの持つものを失わない。大根と人参と厚揚げのごま油で和えたもの?がとてもとてもおいしくてひとりだけお代わりをした。まだまだおしゃべりしてゆけたらいいなと思う。

紹介していただいて山崎農園さんへお邪魔する。突然の訪問にも関わらず、ドラム缶の机といすを並べて、栗とさつまいものお茶、おかあさん特製の小豆羊羹、お雑煮をふるまってくださった。いただいたルッコラ、茎のほうは甘みがあり葉のほうは苦味がある。味の濃ゆさのためか1枚たべておなかが満たされた。沖縄で山羊をいただいたときにもそうだったけれど、命をいただいたなとそう思った。白米2kgと玄米3kgを買わせていただく。

starnetに立ち寄り、山崎農園さんのほうれん草、しいたけ、なめこ、りんごなどを買って帰る。のんさんは走りはじめてすぐに眠る。帽さんと、この3日のことをぽつりぽつりと話す。いろんな言葉がぽんぽん行き交って、彼のなかですっとわかってしまったということがあってすっきりしたようだった。

晩ごはんは、白菜と島らっきょうの漬け物、白菜巻き、まぐろと鯛のお刺身、ほうれん草のおひたし、おばあちゃん煮、ごはん。

残っていたおかずと買ってきた益子の山崎農園さんのお野菜とお米、母から贈ってもらった漬け物に助けられて、お昼を食べ逃した我らははやい晩ごはん。

のんさんが眠った後、えいひれをストーブで焼きながらしゃぼん玉のはなしをする。お風呂でしゃぼん玉をしながらかんがえていたことを話す。

まず、じぶんがしゃぼん玉を吹くということが大切な気がするということ。


しゃぼん玉を吹くとどうしてだかずいぶんながいことぼおっと吹いてしまう。たばこを吸うのに似ているのかなとたばこを吸ったことがないけれど思う。それならたばこを吸うきもちがわかるかも、と。帽さんは寒い冬の日に白い息をなんかいも「ほお」っと出すことのようでもあるのではと話していた。

息が可視化される。みえないがみえる。生きているの確認のようでもある。


じぶんには何ができるのかというのはrelightcommitteeに通うきっかけのひとつであった。”やすむ”のきっかけを渡すこと。ひとがひととして生きるための、かんがえるをするための、やすむ。あるひとはBPMをさげたいと言った。そういうことにとても近いと思う。一旦休止。いちど立ち止まる。あたまのなかのあれやこれやが無になるくらいまで吸って吐くをくり返す。


いまのところ、わたしはしゃぼん玉を吹きながらしゃぼん玉屋さんになろうかなとかんがえている。しゃぼん玉屋さん自体はこれからもぽつりぽつりと続けてゆけたらと思うのだけれど、今回はtekefreeでもいいのかなとかんがえている。

しゃぼん玉屋という看板?と、tekefreeというちいさなお知らせに、しゃぼん玉を吹くわたし、いくつか並ぶしゃぼん玉にはタグのようなものをつけようかと考えている。タグには手にとったひとがすこしやすむことを意識するような言葉を載せようかな、と。


それから わたしたちの活動のはなしにもなる。4月に出店させていただくはけのおいしい朝市、ずっとこういうかたちがいいというものの名前がうまくあてはまらなかったのだけれど、今朝帽さんが言っていたそれが言い得て妙だなともう一度その話をしてみると、彼のなかでもしっくりとかさなったようだった。移動空き地。たぶんこれなのだ。

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1986年生まれ。扉も窓も開け放しています。いつでもどうぞ。
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