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「なんでそんな嘘をつくんだ、恐れ多い」内より生じた言葉を反論した結果がスゴすぎた!

現在、有料ノートを書いている。
「記事の書き方ひとつで、いいねがいつもより5倍もらえる戦略」で、
タイトルはもっと面白く柔らかくする予定だ。

さて僕は「ある読者が必ず読むため」に考え事をしていたら、
ふっと自分は恐れ多い一文を書いてしまった。

「おいおい、そこまで大法螺ふいちゃっていいのかよ」

自分の中で焦りが産まれたのだけど「いいのです」と答えた

恐れ多いと考える自分に反論したわけだ。

すると、驚きの考えが生まれた。

「……これって実はすごいことじゃね?」


◇ 俺の記事って大したバズらないよな、なのに……

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僕はブログをやっている。ノートだとやっと5つ以上のいいねをもらい、

「ああ、こういうふうに記事を書けばいいのだな」

悟ったのだけど……僕はブログ記事のアクセス解析を見たとき、
ツイッターやフェイスブックなどで時々、
第三者が僕に許可もなく広めている事実を目の当たりにしている

もちろん第三者が広める行為は悪くないからね。
そのためにツイッターやフェイスブックといった、
SNS拡散ボタンを置いているのだから。

本当に嫌なら拡散ボタンを設置せず、
「ツイッターやフェイスブックなどで拡散するのを禁止します」
強く警告をすればいいわけだしね。

僕が出す有料ノートを煮詰めているとき、ふっと「おおぼら」を書いた。

すると「そういえば自分はインフルエンサー(影響力を持つ人)ではない。
なのに影響力を持つ人々が自分の記事をSNSで広めてくれる。
これってすごいことだよな」
気づいてしまった。


◇ ほとんど気づかない「自分のすごさ」

あなたに尋ねたい。
あなた自分がどれだけすごいか気づいているだろうか

もう一つ尋ねたい。
あなたは自分がどれだけ「ダメな人間」か指摘できるだろうか?

最後、あなたに尋ねたい。
自分の「すごさ」と「だめさ」、どちらかといえばどちらがすぐ指摘できるだろうか?

僕は「だめな部分」である。
ダメな部分はこれでもかと脳内から生じる。

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例えば僕はある記事を書いて5つもいいねをもらった。

「ダメな自分」目線で見ると、僕より100以上のいいねをいただいている。
彼らに比べると僕のもらういいねは少なすぎてしょぼい

「5つしかいいねをもらえない人間がよくもまあ、
いいねにかんする有料ノートを出そうとしているなあ、おい」

「だめな」自分ならぱぱぱっと指摘できる。

反対に「すごい」自分は訓練しないと指摘しにくい。

僕たちが「ダメな方ばかり見る」訓練=教育を受けたせいなのか、
「ダメなほう=最悪を想定→生きるのに必要な本能」に逆らえないのか。

詳しい仕組みはよくわかっていない。

僕たちは「すごい」ほうより「だめな」ほうを見るのに慣れ、
「すごさ」を指摘しても「むなしい」と感じてしまう傾向がある。

むなしくても「すごさ」を指摘するのが大事であり、
もう一つ超重要な真実にも気づかされた。


◇ 自分がというより「第三者」が

今回、僕はいいねに関する有料ノートを出す。

もちろんいいねは一つの基本で応用としてブログや、
実店舗での営業、自身のクリエイター告知活動など、
滝方面に応用が利く前提でノートを書いている

上記の文章に一つの「ほら」を入れてみたんだ。

すると自分が焦り、焦った自分に「反論」したら、今まで気にしていなかったこと、当たり前に感じていたこと、大した大ごとに思っていなかった実績が「すごいじゃないか、これ」と考えるようになったわけ。

もちろん「すごいんじゃないか、これ」は自分というよりは、
いいなあ、こういうのを自分は求めているのに」といった人に向けてだ。
(場合によってはあなたも含まれる)

自分には拡散力がないけれど、拡散力のある他人がどういうわけか自分(あなた)の書いた記事を読み感動し「これは広めて人にも伝えないと」と行動を起こさせる

僕はさっき気づいたわけだ。


◇「だめな」自分と「すごい」自分を分ける考えは一つ。

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今の自分に背伸びせず、素直に認める。

たとえば5いいねでもフォトショップなどCGソフトを使ったり、
人様に頼んでいいねを押してもらったりと、
ズルしようと思えばいくらでもあの手この手の策が思いつく

ズル行為は「否応なく生じる現実」から目を背け、
「妄想の先にある未来」と「実態の自分」に差がうまれ、
未来にたどり着けない自分に対し、永遠に苦しむ

馬の目の前にニンジンがぶら下がっており、
馬が何とか食べようとするのだけど、
騎手のいたずらにより決して食べられない状態だ。

「こうなる未来にたどり着いていない、苦しい!」

僕は数年前まで未来と現在のギャップに苦しんでいた。

現実の自分が「何もない、実力不足、バズる人でもない」など、
常に「ない、ない、ない」方向を見ていたからだ。

現実の自分の実績を見ると、
どう逆立ちしても未来の理想へたどり着けず苦しむ。

で、現実の自分をさらけ出してみた
恥ずかしい、実力不足だ、傲慢だと思う気持ちはあれど無視した。

すると未来の自分に対する「憧れ」は消える一方、
現在の自分が「実はすごい」という事実に気づいた

未来に対する「決して手の届かない自分像」が消え、
「十分に手が届く現在の自分がすごい」と分かった。

心が軽くなったし、同時に確信した。

「ああ、これが自分を偽らない=正直に生きる、という意味か」


◇ 今の自分の価値に気づくための「ほら」

今回、僕は有料ノートのセールス文章を書くにあたり、
一つの「おおぼら=まだ現実に訪れていない状態」を書いた。

すると「なんと偽りのある、恐れ多い、嘘な言葉を書くのか」
自分に焦りが生まれる一方で……

「いや、いいっしょこの嘘。どうせそうなるのだし。
流れとして全くおかしくないんだから。
むしろなんでそれを今まで気づかなかったの?」

「恐れ多い!」とひれ伏している自分に「反論」すると、
「今思ったけれど……自分の〇〇な部分、実はすごくね?」

気づいてしまった。今回〇〇の部分は、

「自分は大した拡散力がないにもかかわらず、
拡散力のある他人が自分の記事をSNSで告知してくれる、
自分からメールを売って直接お願いしているわけではない、
お金も払っていないのに、読み手が広めたいと思った。
今まで気づかなかったが……これはすごいことじゃ?」

そこであなたにもやってほしい。

今からあなたにとって「気持ちよくなるほら」をふく。
ただし人をバカにする嘘でなく、良いほうに自分をだます嘘だ。

自分の人生なのに他人を呪う生き方は愚かだからね。

ほらを吹くと必ずあなたの中で

「おいおい、そんな大ごとをほざいていいのか?」

体がぶるぶるっ(畏怖)と反応する。

ぶるぶるっとした状態に対し、

「本当に畏れ多い?」
自分にツッコミを入れてほしい。

すると今までふさいでいた「自分の殻、思い込み、人生のルーチンワーク」をぶっ壊すいい機会が産まれ、大きな宝に必ず気づくから。

ということで、今回の話が「面白かったな」
思ったらいいねを押していただくとありがたい

なお有料ノートの中身詳細については、
これらの記事を深く広げた内容となっている。

ただの自慢でなく、読むと使える何かが埋まっているよ。

いつも記事を楽しみにしていただき、ありがとう。

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